2021年12月6日

兄弟で家族信託に取り組む4つのパターン

兄弟で家族信託に取り組む4つのパターン

家族信託では、信託財産の管理・運用をするという強い権限を受託者に与えることになります。そのため、委託者である親が兄弟のうちの1人のみを受託者とする信託契約を締結すると、兄弟間に不公平感を生じさせるおそれがあります(家族全員が納得している場合は問題ありません)。また、親が兄弟のうち誰を受託者にすべきか選ぶことができない、兄弟で協力して信託財産を管理・運用してほしいと願っている場合もあるでしょう。では、兄弟が協力して家族信託に取り組むにはどのような方法があるでしょうか。本コラムでは親を委託者兼受益者とした家族信託に兄弟2人で取り組む場合を例にとり、4つのパターンについて解説します。

パターン1 受託者を複数にする(共同受託者)

最初に説明するのは、兄弟両方を受託者とするパターンです。家族信託では受託者を複数名置くことができ、これを「共同受託者」などと表現します

共同受託者における管理・処分(運用や売却など)方法

受託者は信託契約で定められた権限のもと、受託者の判断によって信託財産の管理・運用・売却などを行います。共同受託者の場合、保存行為(※1)を除く行為は、信託契約に別段の定めがある場合を除き、原則、受託者の過半数の同意により決定します(信託法80条)。ポイントは過半数(半数超)であって、半数以上(半数を含む)ではないということです。従って、共同受託者が兄弟2人の場合は兄弟両方の同意が必要となります。

そのため、受託者が一人の場合よりも慎重な意思決定ができる反面、迅速な意思決定は難しくなることがあります。また、兄弟間で意見が食い違ってしまうことにより、なにも決められなくなるといった事態に陥ることも考えられます。

そのような事態を防ぐためにも、兄弟で意見が食い違ったときにどちらの意見を優先するかを決めておくなどの対策が重要となります。また、家族信託では信託契約で各受託者の職務の分掌(役割分担)の定めをすることができます(同法第80条4項)。つまり、信託財産のうち、兄は不動産の管理・運用、弟は現金の管理・運用を行うといった役割分担を定めることが可能であり、その場合は不動産の売却などの決定を兄が単独で行うことが可能になります。

このように共同受託者を活用することにより、兄弟のうちの1人に受託者の負担や権限が集中することを防ぎつつ、迅速な意思決定を妨げないことが可能になります。

【注意】共同受託者と信託口口座
共同受託者の場合、信託財産である現金の管理において注意すべき点があります。それは共同受託者では「信託口口座(※2)」が開設できないということです。これは金融機関や証券会社が共同名義の口座の開設に現状では応じていないためです。また、信託契約に基づいて兄と弟それぞれの名義の信託口口座を開設するといったことにも対応していません。
このような状況から共同受託者の場合、実務的には「信託専用口座(※3)」にて信託財産である現金を管理することになります。

※1 保存行為
財産の価値を保存し、現状を維持する行為。例えば、不動産の修理や不法占拠者への明け渡し請求等が保存行為にあたります。

※2 信託口口座
信託により受託者が預かった現金を管理するための口座です。受託者固有の財産を管理するためのものではないため受託者の死亡や破産、差し押さえ等によって、口座は凍結されないものと考えられます(ただし、実際は金融機関により対応は異なります)

※ 3信託専用口座
信託口口座が作れなかった場合に便宜的に設ける口座のことで、いわゆる俗称ですので一般的に通じる口座の名称ではありません。信託専用の口座という意味です。受託者個人名義の口座となるため、受託者の死亡や破産、差し押さえ等により凍結されてしまうリスクがあります。

パターン2 兄を受託者、弟を予備的受託者(第二受託者)とする

次は兄を受託者、弟を予備的な受託者とするパターンです。予備的受託者とは、受託者が死亡や解任、辞職などによりその任務を行うことができなくなったときの次の受託者として、信託契約内に定められる者です。

受託者が任務を行うことができる限り、予備的受託者が信託に関わることはなく、出番がないまま信託が終了することもあります。また、共同受託者とは異なり、受託者と予備的受託者で役割を分担するといったこともできません。

予備的受託者の必要性

家族信託では受託者が不在の状態が一年間継続すると、信託自体が終了してしまいます(同法第163条3項)。そのため、万が一の場合に備えた予備的受託者はできる限り用意すべきであるといえます。
ちなみに予備的受託者は、信託契約書内に氏名・住所・生年月日を記載することにより定めますが、信託契約の契約当事者には含まれません。そのため、信託契約書には予備的受託者の署名・捺印は必要ありません。ただし、予備的受託者においても本人の同意は必須です。予備的受託者が受託者に就任する際には、予備的受託者の就任承諾が必要となります。予備的受託者の同意を得ていないと就任を拒絶されることもあり、受託者が不在の状態となるおそれがあります。

パターン3 兄を受託者、弟を受益者代理人とする

3つ目は弟を受益者代理人とするパターンです。受益者代理人は、その代理する受益者のために当該受益者の権利(第42条の規定による責任の免除に係るものを除く。)に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する者です(同法第139条)。信託財産の実質的な所有者である受益者には、受託者を監視・監督する権限があります。しかし、受益者が判断能力の乏しい高齢者や障がい者である場合には、受益者自らが受託者を監視・監督することは困難です。そこで受益者代理人が受益者に代わり、受益者のために権利行使を行います。ちなみに受益者代理人は信託契約によって指定する方法により選任します。

なお、受益者の権利を保護する立場の者としては他に「信託監督人」という役職もあります。ただ、こちらの職務は受託者が信託財産を適切に管理・運用しているかを監督することです。そのためには信託法をはじめとした様々な法知識や客観的な判断が必要であり、実務的には法律専門家(弁護士・司法書士・行政書士など)の就任が想定されています。また、受益者代理人・信託監督人いずれも設置するかは任意となっており、必ずしも設置する必要はありません。

受益者代理人ができることと注意点

弟が受益者代理人になった場合、受益者である親に代わって、受託者である兄を監視・監督する、受託者に受益者の要望を伝える、重要な判断の同意をするなどのことができるようになります。親が高齢などにより判断能力が低下しているときなどには特に有効であるといえるでしょう

ただし、受益者代理人には2点、注意すべきポイントがあります。
まず、受益者代理人が就任すると、受益者本人は受託者の監督・監視以外の当該受益者の権利に関する一切の裁判上又は裁判外の行為ができなくなります(同法第139条4項)
例えば、信託契約の内容の変更、受託者の解任及び辞任への合意、委託者との合意による信託の終了などの重要な判断も受益者本人ではなく、受益者代理人の判断によって決定されることになります。受益者本人の権限はかなり制限されたものとなることがおわかりいただけると思います。受益者代理人を選任する場合にはこの点を考慮する必要があるのです。

また、受益者代理人には受託者に匹敵する、もしくはそれ以上の強い権限が与えられます。場合によっては受益者代理人の判断によって、受託者を解任する、家族信託を終了させるといったことが可能となります。
そのため受益者代理人を選任する際には、「重要な判断には信託監督人の同意を要する」などの別段の定めを信託契約にするといった対策を講じることが推奨されます。

将来的な備えとしての受益者代理人

家族信託は委託者となる者が元気なうち(意思能力があるうち)にしか始めることはできません。従って、家族信託開始当初は委託者である親は元気であるため、受益者代理人を選任する必要性をあまり感じないかもしれません。
そんな時は予備的に受益者代理人を定めておくことが可能です。信託契約内で受益者代理人を選任しても、受益者代理人自身が就任承諾を行わなければ、その任務は開始しません。委託者の判断能力が低下し、受益者代理人が必要になったタイミングで就任承諾を行い、任務を開始するといった設計が可能なのです。

パターン4 兄弟の各自で信託契約を締結する

最後は兄弟のそれぞれと委託者である親が信託契約を結ぶパターンです。
例えば、兄とは不動産、弟とは現金をそれぞれ信託財産とする信託契約を締結し、それぞれに管理・運用を任せるといった形です。それぞれは別個の契約なので、互いが互いの干渉を受けずに信託財産の管理・運用を行うことができます。なお、それぞれの契約の受託者は1人なのでそれぞれに信託口口座を開設することが可能です。

信託契約を別個に締結すべきケースと注意点

信託財産によって、信託目的が異なる場合は信託契約を別個にした方がよいといえるでしょう。
例えば、認知症による資産凍結防止として自宅や賃貸不動産を、事業承継対策として自社株式を信託財産とする家族信託を行いたいといった場合はそれぞれの財産ごとに信託契約を締結したほうが、信託契約の変更や家族信託の終了時期などにも柔軟に対応することが可能となります。

また、財産の承継先が異なる場合も信託契約を別個にすべきケースです。
例えば、自宅や現金は『父→母』と父亡き後の母の老後を支えつつ、最後は『母→兄』と承継させたい。それに対して、賃貸不動産は『父→弟』と後継者である弟に直接渡したい。

このような願いは1本の信託契約では権利関係が複雑になってしまうので、承継させたい財産ごとに信託契約を締結すべきでしょう。

次に信託契約を別個に設定する場合の注意点について説明します。

まず、信託設計の費用についてですが、信託契約を2本締結することになるので、費用が他のパターンよりもかかってしまう可能性があります(例えば、信託契約書を公正証書で作成する場合は2通分の手数料がかかります)

また、税務面の注意点として、別個に信託契約を結んだ不動産同士ではその収益を損益通算することはできないというものがあります。

例えば、委託者である父がアパートAとアパートBを所有していたとします。ある年に、アパートAは300万円の利益を生み、アパートBは100万の赤字だった場合、通常は損益通算をして200万円の所得として、税務申告をすることができます。
しかし、アパートAは兄、アパートBは弟を受託者とする信託契約をそれぞれ別個に締結していた場合は損益通算することができません(信託財産となった不動産は、当該信託外の不動産との間でその所得を損益通算することはできません。信託内の不動産の所得が赤字だった場合、税務上はその損失はなかったものとされます)。アパートBの100万円の赤字はなかったものとされ、アパートAは300万円の所得として税務申告する必要があります。結果として税金が増えてしまうことがあるのです。なお、アパートAとアパートBが一つの信託契約で信託財産となっている場合は損益通算が可能です。

まとめ

以上が家族信託を兄弟で取り組む場合のパターンです。兄弟で家族信託に取り組んだ場合、

  • 受託者の負担を分担できる
  • 受託者の誤った判断を阻止できる
  • 受託者に万が一のことがあった時に備えられる

といった効果が期待できます。それぞれのパターンで期待される効果は下図になります。

受託者の負担の分担 受託者の誤った判断の阻止 受託者に万が一のことがあった時の備え
パターン1
受託者を複数にする(共同受託者)
(※4)
パターン2
兄を受託者、弟を予備的受託者とする
× ×
パターン3
兄を受託者、弟を受益者代理人とする
× (※5)
パターン4
兄弟の各自で信託契約を締結する
× ×

※4 共同受託者では信託財産は受託者全員の含有とされるので、一方の受託者に万が一のことがあった場合、残りの受託者が権限を有することになります(新たな受託者の選任は必須ではありません)

※5 兄が受託者の任務を続けることができなくなっても、弟が受益者代理人の権限により、新受託者を選任することができます(候補者は必要となります)

また、実務ではこれらを併用することもできます。
具体例をあげてみましょう。

信託契約 例1

  • 委託者:
  • 受託者:
  • 第二受託者:

信託契約 例2

  • 委託者:
  • 受託者:
  • 第二受託者:

パターン2とパターン4の組み合わせです。このような家族信託により、受託者の負担を分担しつつ、兄弟のどちらかに万が一のことがあったときの備えもできます。家族信託では皆様の目的や要望に沿って信託契約を比較的柔軟に設定することが可能となっています

家族信託の相談窓口

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『このコラムの内容は掲載日時点の情報に基づいています。最新の統計や法令等が反映されていない場合がありますのでご注意ください。個別具体的な法律や税務等に関する相談は、必ず自身の責任において各専門家に行ってください。』

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