不動産所有者の家族信託利用ケース
賃貸オーナーの認知症による資産凍結対策
Aさん(54歳)Aさんには妻と子供がいます。最近父が亡くなり、父の財産(自宅とアパート1棟、預貯金等)は、母がすべて相続しました。
母は長年にわたる父の介護に疲れたのか、物忘れが多くなってきました。Aさんは、アパートの入居者や管理会社とのやりとりをはじめ、古くなったアパートの建替えなどまで、この先も母にできるのか、次第に不安を感じています。
Aさんとしては、母が健在なうちはアパートの家賃は母に受け取ってもらいつつ、アパートの管理や将来の建替えなどはAさん自身で行うことができないものかと考えています。
- 1)母を委託者兼受益者(「自益信託」)、Aさんを受託者として信託契約を締結します。
- 2)アパートは、信託登記・所有権移転登記により名義を受託者であるAさんに(形式的に)移転し、管理・処分権限を移転します。現金は、受託者が出し入れ可能な信託口口座を作成し、受託者であるAさんが分別管理(自己の財産としっかり分けて管理すること)します。
- 実質的な所有者が母のままであることに変わりはありません。
- 委託者である母が受益者である場合(自益信託)は、実質的に受託者に財産が移るわけではないため、受託者に贈与税や不動産取得税が発生することはありません。
- 3)信託契約締結後は、委託者である母の代わりに、受託者であるAさんが、アパートの管理(家賃等の回収、建替時の借入手続など)を行います。母は、賃貸経営をAさんに託し、面倒な手続きには関わらなくて済むため、気持ちが楽になり安心できます。
- 4)Aさんが家賃等の収入を受益者である母へ渡すことで、今まで通り母は老後の生活費用とすることができます。
将来、アパートを売却しなければならなくなった場合・・・
母が認知症となってしまっても、受託者として売却権限を持っているAさんが適切なタイミングで売却することができます。
売却によって得られた現金は、受託者であるAさんが管理するため、母の生活費・施設入居費・税金などの支払いも、成年後見制度を利用せずに安定して行うことができます。
共有となっている賃貸アパートにおけるトラブル回避
長男Aさん(85歳)長女Bさん(82歳)次男Cさん(72歳)長男Aさん、長女Bさん、次男Cさんは、親から相続した賃貸アパートを3分の1ずつ共有しています。アパートの管理は次男Cさんが行い、定期的に家賃等の収入を分配しています。
アパートの老朽化が進んでいるので、そろそろ大規模修繕や売却を検討しなければなりませんが、現在、長男Aさんは体調を崩して入院しており、物忘れも日に日に増えてきています。年齢的にも、いつ容体が急変するかわかりません。
共有名義人である長男Aさんが認知症により意思能力を失ってしまうと、アパートの処分はすぐにはできなくなってしまいます。さらには、相続が発生した場合、共有名義人が相続人の数だけ増えていくため、アパートを売却したいと思っても、相続人の誰かが反対するかもしれません。長女Bさんと次男Cさんは、自身の健康状態にも不安があるため、将来トラブルにならないように、長男Aさんの意思能力があるうちに、何か手を打っておきたいと考えています。
デメリットどのようなリスクがあるのか?
通常、共有している不動産を処分するには共有者全員の意見の一致が必要となるので、次のようなリスクが考えられます。
- 高齢の各共有者が認知症等になることによる資産凍結リスク
- 各共有者に相続が発生したことにより円満な共有関係が崩れ、賃貸経営や不動産処分に支障が出るリスク
信託財産は、財産権(所有権としての価値)と管理処分権限が分離されるという性質を持っており、この分離機能が、不動産の共有問題にも活用できます。具体的には、管理処分権限を高齢の共有者の息子等に集約することで、上記のようなリスクの軽減が可能です。
メリット家族信託を活用すると・・・
兄妹3人(ABC)を委託者兼受益者、例えば、AさんとBさんの息子2名を受託者として信託契約を締結します。
委託者 | 兄妹3人(ABC) |
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受託者 | 例えば、Aさんの息子XとBさんの息子Yの2人 |
受益者 | 兄妹3人(ABC) |
信託財産 | アパート(ABCの持分) |
信託契約締結後は、委託者である兄妹3人の代わりに、受託者であるX・Yがアパートの管理を行い、家賃等の収入を受益者である兄妹3人に渡します。大規模修繕の施主、または売却の際に売主となるのも受託者であるX・Yです。
兄妹3人のうち誰かが認知症等により意思能力を失ってしまう事態が発生しても、受託者であるX・Yがアパートの管理や大規模修繕、売却等を行うことができます。
もし長男Aさんに相続が発生した場合でも、Aさんが持つ「受益権」を息子Xが相続しますので、通常の相続と何ら変わるものではありません。引き続き、アパート全体について、売却を含めた処分権限を受託者であるX・Yが行使することができます。
賃貸アパートが将来、共有となることを回避したい
Xさん(85歳)Xさんは、賃貸アパート1棟を所有し、その最上階に1人で住んでいます。子供は3人います。近くに住む長男A(61歳)は以前から賃貸経営を手伝ってくれていますが、遠方に住む長女B(58歳)・次男C(56歳)は、アパートのことに関する知識がほとんどありません。また、長男Aと長女Bはあまり仲が良くありません。
Xさんとしては、財産は子供3人に平等に相続させたいが、アパートの管理は長男Aにまかせたいと考えています。ただし、アパートを長男Aに単独相続させるには、それに見合うだけの代償資産(現預金、有価証券、生命保険等)がありません。また、Xさんは、アパートを売却せず子に渡すことを希望しています。
あと15年もすれば、アパートの老朽化に伴う建て替え等の問題が出てくるので、将来の管理・処分について、子供3人の間でもめないようにしたいと望んでいます。
デメリット共有者(相続人)の人数や事情に左右されない安定した賃貸アパートの管理・処分を実現する。
Xさんが亡くなった後、アパートを子供3人に平等に共同相続させると、共有者(ABC)間の意見・方針がまとまらなければ、スムーズな管理に支障が出たり、資産が塩漬けになってしまうリスクがあります。
メリット家族信託を活用すると・・・
Xさんを委託者兼当初受益者、長男Aを受託者として信託契約を締結します。また、Xさんが亡くなった後の第二受益者は、長男A・長女B・次男Cの子供3人に指定します。将来的には長男A独自の判断でアパートを建て替え、もしくは処分できるように規定しておくなど、アパートが共有になることがないように内容を考慮する必要があります。
委託者 | Xさん |
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受託者 | 長男A |
受益者 | 1)Xさん 2)長男A・長女B・次男C(受益権割合各3分の1) |
信託財産 | 例えば、アパート1棟・修繕積立金や敷金相当額の現金 |
信託契約締結後は、委託者であるXさんの代わりに、受託者である長男Aがアパートの管理を行い、家賃等の収入を受益者であるXさんに渡します。
Xさんの生前の認知症による資産凍結対策として、または相続発生までの準備期間として長男Aにアパートの管理をまかせることができます。
Xさんが亡くなった後、子供3人に所有権で共有にさせるのではなく、第二受益者として受益権を準共有させることで、平等な相続(所有権の共有と同様の効果)を実現できます。長女Bと次男Cは家賃等の収入の分配を受けることができます。ただし長男Aの管理方針や将来の建て替え・売却等の判断について、口を出すことはできません。
信託財産は、財産権(所有権としての価値)と管理処分権限が分離されるという性質を持っています。
資産が将来、一族以外へ流出することを回避したい
(後継ぎ遺贈型 受益者連続信託)
Aさん(80歳)Aさんは、賃貸アパートや駐車場などを所有し、長男(61歳)とその妻と同居しています。長男夫婦には子供がいません。別居している次男(58歳)夫婦には子供が1人(31歳)います。
Aさんは、同居する長男に大半の不動産を承継させたいという思いを持っており、また、長男の妻がよく世話をしてくれているため、長男の死後に遺される長男の妻が困らないようにしたいと考えています。加えて、先祖代々受け継いできた大切な土地であるため、長男夫婦が亡くなった後は、血族である孫(次男の子)に引き継がせることを希望しています。
デメリット遺言では、財産の承継先を一代限りしか指定できません。
仮に「Aさん → 長男 → 長男の妻」の順に相続が発生した場合、長男の妻に渡った不動産が妻の実家側に流出してしまうことになります。
メリット家族信託を活用すると・・・
Aさんを委託者兼当初受益者として、受益者連続型(第二受益者は長男、第三受益者は長男の妻)の信託契約を締結します。内容としては、長男の妻が亡くなった後に信託を終了させて、孫に残余財産を相続させるように設定します。
委託者 | Aさん |
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受託者 | 例えば、1)長男 2)孫 |
受益者 | 1)Aさん 2)長男(Aさんが亡くなった場合) 3)長男の妻(長男が亡くなった場合) |
信託財産 | 例えば、Aさん所有の不動産 |
残余財産の 帰属先指定 | 孫 |
民法上の規定とは異なり、複数世代にわたる財産の承継先を指定できるのが、家族信託の大きな特徴です。民法には「所有権絶対の原則」があるため、相続や贈与で受け取った(所有した)財産については、受け取った本人しか次の承継先を指定できず、元の所有者(被相続人や贈与者)の意思を法的に反映させることはできません。一方信託には、所有権という財産権を「信託受益権」という債権に転換する機能があります。債権には所有権という概念がなく、「所有権絶対の原則」が適用されないため、「長男の妻が亡くなった後は、孫に財産を承継させる」旨の指定が可能となるのです。
例えば、受託者の地位を長男から孫に引き継がせることで、世代を超えた財産管理を実現するなど、家族信託の仕組みを活用することで、先祖から受け継いだ思い入れのある資産について、数世代に渡り守っていく仕組みを構築することが可能となります。