2024年11月5日
利用しやすくなった?!
相続時精算課税制度~新たに非課税枠年110万円が新設!
相続時精算課税制度は、生前贈与する際に上限2,500万円まで贈与税が非課税になる制度です。一方、贈与者が亡くなった場合は贈与財産を相続財産に足し戻して相続税を計算することになります。一度に2,500万円まで非課税で贈与できる一方、一度選択すると暦年課税に戻れないなどのデメリットもあります。
ところが最近、暦年贈与した財産の、相続時の相続財産としての加算期間が3年から7年に延長されるという課税強化が行われたこともあり、相続時精算課税制度の利用が進むのではないかとみられています。
本コラムでは、相続時精算課税制度と暦年課税の改正内容や相続時精算課税制度のメリット・デメリットについてお伝えします。
① 相続時精算課税制度とは
相続時精算課税制度は、日本で2つある贈与税の課税制度の1つです。通常は年間で110万円までの控除がある「暦年課税(れきねんかぜい)」が適用されますが、「相続時精算課税制度選択届出書」を提出することで相続時精算課税制度の対象になります。
相続時精算課税制度では、60歳以上の父母・または祖父(贈与者・贈与する人)から、18歳以上の子や孫(受贈者・贈与を受ける人)に対する生前贈与が行われた場合、贈与額が累計2,500万円に達するまで何度贈与しても贈与税が非課税です。2,500万円を超える部分に関しては一律20%の贈与税が課されます。
ポイント)相続時精算課税制度は改正によって使い勝手が向上
相続時精算課税制度は「上限2,500万円までは贈与税が課税されない」というメリットがあります。ただ、贈与時に非課税でも、相続時に相続時精算課税制度を選択した贈与財産の全額が相続税の課税対象財産対象に含まれる等デメリットもあり、あまり活用されていないのが実情でした。
例えば、5,000万円の資産を持つ父が相続時精算課税制度を使って息子に2,500万円を贈与する場合。長男は贈与税を納める必要はありません。ただし、父親が亡くなったあとは贈与を受けた2,500万円を父の財産の残り2,500万円に足した5,000万円が相続税の対象になります。
すなわち、税金を納めるタイミングが贈与時から相続時に先送りされるのが従来の相続時精算課税制度であり、節税につながるものではありませんでした。
ところが2023年の税制改正で、2024(令和6)年1月以降の贈与なら相続時精算課税制度を選択しても年110万円の基礎控除が適用されるようになりました。
② 新しくなった相続時精算課税制度のメリット
改正された相続時精算課税制度では、従来の特別控除2,500万円に加えて年110万円の基礎控除が新たに追加されています。
改正された相続時精算課税制度を利用するメリットは、主に以下の4つです。
メリット 1):年間110万円までは贈与税が発生しない
改正前の相続時精算課税制度は2,500万円の特別控除まで贈与税が非課税で、特別控除を超える部分について一律20%の税率で贈与税を課税する仕組みでした。
この相続時精算課税制度に、2023年の税制改正によって年間110万円の基礎控除(非課税枠)が制度に追加されました。
年110万円の基礎控除は特別控除の2,500万円とは別に認められ、年110万円までの贈与なら贈与税がかかりません。
メリット 2):年110万円分の贈与に関しては相続財産への足し戻しがない
従来の相続時精算課税制度では、贈与した全ての財産を相続時に加算して相続税の計算が必要でしたが、現在の相続時精算課税制度では年110万円までの贈与財産は相続財産に加算する必要がありません。
一方、暦年課税での贈与では死亡日以前3年間に贈与した財産は相続税の課税対象財産への加算対象でした(生前贈与加算)が、2023年度の税制改正で加算対象期間が3年から7年に伸長されました。また、暦年課税では、贈与を受けた金額が年110万円以下でも相続税の持ち戻しの対象となる一方、改正相続時精算課税制度では年110万円の基礎控除までなら持ち戻しの対象とならず、贈与税も相続税もかかりません。
使い勝手が一気に向上したことで、納税の先送りという従来の目的に加えて、相続税に影響を与えずに生前贈与ができる制度としても相続時精算課税制度を選択する方が増えると予想されています。
メリット 3):条件を満たせば贈与税の申告が不要になった
改正前の相続時精算課税制度を選択後は年110万円の基礎控除がなく、どれだけ少額でも贈与があれば贈与税の申告が必要でした。
現在の相続時精算課税制度では年間110万円の基礎控除の範囲内の贈与であれば、贈与税の申告が不要です。
メリット 4):将来的に値上がりが期待できる財産を贈与することで相続税を抑えられる
相続時精算課税制度では、相続税申告時に時価評価ではなく、贈与時の価額で相続財産に加算できるというメリットがあります。
将来的に値上がりを期待できる不動産などの財産について、相続時精算課税制度で早期に贈与することで相続時に加算される金額は値上がり前の贈与時のものになり、結果的に相続税を低く抑えることが可能です。
③ 相続時精算課税制度のデメリット
特別控除額が2,500万円あるうえに年間110万円の基礎控除は生前贈与加算がないなど暦年課税に比べて数々のメリットがある相続時精算課税制度。ただし、以下のようなデメリットがあるため注意が必要です。
デメリット 1):暦年課税に戻ることはできない
相続時精算課税制度を選択する場合、「相続時精算課税制度選択届出書」を税務署に提出することになります。この書類を提出すると、同じ贈与者からの贈与に関して、暦年課税に戻すことはできません。その方からの贈与では二度と暦年課税を利用できないので、税務署に届け出る前に、暦年贈与と相続時精算課税制度のどちらを選択するかは慎重に考えましょう。
ただ、全ての贈与者からの贈与で暦年課税を利用できなくなるわけではありません。暦年課税が利用できなくなるのは「相続時精算課税制度を適用した贈与者からの贈与」であり、ほかの方から贈与を受ける場合には暦年課税を利用できます。
デメリット 2):小規模宅地等の特例が利用できない
相続時精算課税制度の大きなデメリットとして、同制度を利用して土地を贈与した場合、その土地に相続税の計算の特例である「小規模宅地等の特例」を利用することができなくなります。
小規模宅地等の特例とは、一定条件を満たすと土地の相続税評価額を最大で80%減額できる制度のことです。相続した土地に対して適用される制度であり、相続時精算課税制度を利用した贈与で受け取った土地については適用することができません。
土地の贈与を検討している場合には、相続時精算課税制度を利用するのか、将来の相続に回して小規模宅地等の特例を利用するのか、どちらが税制メリットを得られるのかを慎重に考える必要があります。
④ 相続時精算課税制度を利用する際の注意点
相続時精算課税制度は自動的に適用されるわけではなく、適用するには手続きが必要です。相続時精算課税制度の手続きをする際は、主に次のような点に気を付けましょう。
注意点 1):年110万円は「受贈者」1人ごとの非課税枠である点に注意
相続時精算課税制度で新たに設けられた年間110万円の基礎控除について、これは受贈者(贈与を受けた人)ごとの非課税枠である点に注意が必要です。
例えば父と母からそれぞれ同じ子に1年で100万円ずつの贈与があった場合、両方から100万円ずつ基礎控除を差し引けるというものではありません。
同じ年に複数の特定贈与者(贈与者が60歳以上、受贈者が18歳以上の直系卑属である場合における贈与者のこと)から贈与を受けた場合、贈与された財産額に応じて基礎控除を按分することになります。
前述の例のように父と母から100万円ずつ受け取った場合は基礎控除110万円を二等分し、55万円ずつ基礎控除として利用できることになります。各55万円を超えた分は特別控除2,500万円の対象になり、贈与税の申告も必要です。
注意点 2):相続時精算課税選択届出書の提出などの手続きが必要
相続時精算課税制度を選択しようとする場合、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までのあいだに、「相続時精算課税選択届出書」を受贈者の納税地の税務署に提出する必要があります。
また、受贈者と贈与者の関係などによって、相続時精算課税選択届出書に添付するべき書類が異なります。
受贈者が贈与者の直系卑属(子や孫など)である推定相続人または孫であることを証明する、以下の書類等を添付して提出する必要があります。
1 受贈者が贈与者の直系卑属(子や孫など)である推定相続人または孫である場合
受贈者の戸籍の謄本または抄本その他の書類で、次の内容を証する書類
- イ 受贈者の氏名、生年月日
- ロ 受贈者が贈与者の推定相続人または孫であること
――引用元:国税庁|No.4304 相続時精算課税選択届出書に添付する書類
⑤ 相続時精算課税制度の選択を検討したほうが良いケースとは?
贈与税の課税制度には「暦年課税」「相続時精算課税」があり、どちらを選択すれば良いのか分からずに困っている方もいるでしょう。
ここでは、相続時精算課税制度の選択を検討したほうが良い主なケースを3つご紹介します。
ケース 1):相続財産が相続税の基礎控除以内の方
相続時精算課税制度を選択した贈与財産と、その他の相続財産の総額が相続税の基礎控除の範囲内なら、相続時精算課税制度の利用を検討するべきです。
相続税には基礎控除があり、「3,000万円+(600万円×法定相続人の人数)」までの金額の相続であれば相続税は課されません。
相続時精算課税制度は課税が相続時に先送りになる制度ですが、贈与財産と相続財産の合計が相続税の基礎控除の範囲内であれば、贈与税も相続税も課税されないため無税で最大2,500万円の贈与を受けられます。
ケース 2):すでに110万円以上の贈与を考えている方
年間に110万円を超える金額の贈与を考えられている方は、相続時精算課税制度の利用を検討しましょう。
暦年課税による贈与は「超過累進課税」という仕組みによって、110万円を超えて贈与額が多くなるごとに税率も高くなり、最高で55%も課税されます。年間110万円を超えて贈与を受ける場合には相続時精算課税制度を選択することで、年間110万円の基礎控除のほか2,500万円まで特別控除も利用できます。
ケース 3):贈与時に評価額が一時的に下がっている財産がある方
両親や祖父母が資産価値のある財産を保有していて、現在評価額が下がっている場合、相続時精算課税制度を検討しましょう。
相続時精算課税制度を利用すると「贈与時点」の評価額で相続税が課税されるため、評価額が下がっているときに相続時精算課税制度で贈与することで、相続時の相続税評価額が下がって節税につながります。
⑥ 相続税申告時の納税額の計算方法
ここでは、実際に相続時精算課税制度を利用した場合の相続税の計算方法を紹介します。
【前提条件】
相続時精算課税制度を利用して、父から長男に3,000万円を生前贈与する
【贈与時の贈与税の計算方法】
相続時精算課税制度では2,500万円まで非課税で、それを超えた分は税率20%が課税されます。計算式にすると以下の通りです。
(「1年間の贈与額 - 年110万円の基礎控除」の累計額 - 特別控除額2500万円) × 20%
前提条件を例にすると、納めるべき贈与税は以下のとおりです。
3,000万円 - 基礎控除110万円 - 特別控除額2,500万円 = 390万円
贈与税 = 390万円 × 20% = 78万円
【相続税の計算方法】
将来に父の相続が発生した場合、贈与財産は相続財産に加算されます。また、納税済みの贈与税は相続税から差し引くことで計算します。
相続人が子ども1人、相続財産が5,000万円と仮定した場合の計算式は以下のとおりです。
相続税の基礎控除:3,000万円 + (600万円 × 1人) = 3,600万円
課税価額:5,000万円 + 贈与財産2,890万円(基礎控除110万円を控除した贈与時の価格で加算) - 相続税の基礎控除3,600万円 = 4,290万円
相続税(贈与税の控除前):4,290万円 × 20% - 200万円 = 658万円
相続税:658万円 - 納税済みの贈与税78万円 = 580万円
まとめ
暦年課税で生前贈与加算の対象になるのは相続などにより財産を取得した方です。孫は通常なら相続人にはならず、子ではなく孫に贈与することで生前贈与加算の対象外になります。
一方の相続時精算課税は年110万円の基礎控除が生前贈与加算の対象外であり、最高2,500万円の特別控除で一度に高額の財産を贈与できます。
相続時精算課税を利用できない60歳未満の方や健康に全く問題なく7年以上元気に過ごせる見込みのある方、孫に贈与する方は暦年贈与が向いています。一方、将来値上がりしそうな不動産や株などを保有している方や健康に不安がある方、小規模宅地の特例を利用する予定のない方は相続時精算課税制度の利用を検討してみましょう。
ただ、それぞれの制度にメリット・デメリットがあり、どちらを選択すれば良いか分からずに迷ってしまう方もいるでしょう。相続時精算課税制度か暦年課税のいずれで贈与するか迷ったときは、相続税専門の税理士に相談することをおすすめします。