相続人が認知症だった場合の相続手続き

相続人が認知症だった場合の相続手続き

相続が発生した際に配偶者などの相続人が認知症を患っている。高寿命化が進んだ現代では珍しいことではありません。本コラムでは相続人に認知症の方がいる場合の相続手続きの問題点や、相続が発生する前にできる対策である「遺言」「家族信託」について解説します。

認知症の方の相続手続き

まずは相続人に認知症の方がいた場合の手続きについて、
① 遺産分割協議をするとき
② 法定相続分で分けるとき
③ 相続放棄をするときに分けて見ていきましょう。

① 遺産分割協議をする

遺産分割協議とは、被相続人の相続財産の分割方法を相続人同士の話し合いで決めることです。例えば配偶者が認知症により意思能力を喪失している場合、認知症の方が参加した遺産分割協議は有効に成立しません。遺産分割協議は法律行為であり、意思無能力者が行った法律行為は無効である旨が法律で規定されているためです(民法3条の2)。では、認知症の方以外の相続人で遺産分割協議を行えばいいのかというとそうではありません。遺産分割協議は必ず相続人全員で行う必要があります

相続人に認知症の方がいる場合、遺産分割協議を有効に成立させるためには成年後見制度を利用する必要があります。成年後見制度を利用すると、認知症の相続人に成年後見人が就きます。そして、成年後見人は認知症の相続人の代理人として遺産分割協議に参加することができるため、有効な遺産分割協議が可能となるのです。

ただ、残念なことにこれで一件落着とはいきません。成年後見制度による遺産分割協議には何点か注意すべき点もあるのです。

まず一つ目に挙げられるのは、親族が成年後見人になれるとは限らない点です。
すでに意思能力が不十分になってしまった方のための制度である法定後見制度では、成年後見人は家庭裁判所によって選任されます。申し立ての際に親族の1人を候補者に指定することはできますが、家庭裁判所の判断によっては親族ではなく、弁護士・司法書士等の専門職後見人が選任されることがあります。つまり、全く馴染みのない法律専門家と遺産分割協議を行う可能性があるということです。

次に成年後見人が就いたとしても希望通りの遺産分割ができない場合があることにも注意が必要です。成年後見人には「成年被後見人の財産・権利を守る善管注意義務」が課せられています。そのため、認知症の相続人にとって不利な遺産分割協議に成年後見人が応じてしまうことは、善管注意義務違反となる可能性があります(遺産分割協議自体に家庭裁判所の許可は不要ですが、遺産分割協議の結果は家庭裁判所に報告する必要があります)
つまり、遺産分割協議をするにしても、成年被後見人には最低でも法定相続分は相続させる必要があるということです(法定相続分の確保することが困難など特殊な事情がある場合、家庭裁判所に相談の上、成年被後見人に不利な遺産分割協議が認められることがあります)

最後に最も重要な点は、成年後見制度は遺産分割協議だけを行う制度ではないということです。一度、成年後見人が就任すると、遺産分割協議を行った後も、成年被後見人の財産管理や身上保護を成年後見人が行うことになります。その期限は成年被後見人の終身までであり、専門職後見人だった場合は本人の保有資産や業務内容に応じた報酬を支払う必要が生じます(相場は月額2~6万円、仮に月額5万円とすると 10 年間で報酬は600万円にもなります)

② 法定相続分で分ける

遺産分割協議を経ないで、法定相続分で分けることにした場合はどうなるでしょうか。

不動産

不動産については「法定相続分で分ける」旨の相続登記を相続人1人で行うことができます。例えば、相続人が認知症の配偶者、長男A、次男Bだった場合、長男Aや次男Bは「持分二分の一 配偶者、持分四分の一 長男A、持分四分の一 次男B」の割合であれば、遺産分割協をせずに(配偶者に成年後見人を就けずに)相続登記を行うことが可能です。
しかし、認知症の方と不動産を共有することはできるだけ避けるべきです。
確かに不動産が認知症の方と共有名義になっていても、日常生活で支障をきたすことはあまりないでしょう。しかし、認知症の方の介護費を捻出するために相続した不動産を売却したい、もしくは建物が老朽化したので建替えをしたいといった場合には不都合が生じます。不動産の売却や建替えには共有者全員の同意が必要です(民法第251条) 。そのため、共有者の1人でも同意の意思表示ができない場合はこれらを行うことはできません。結局、相続した不動産の売却や建替えを行うには、認知症の相続人に成年後見人を就ける必要があるのです。さらに小規模宅地の特例や配偶者の税額の減税といった特例も、遺産分割協議を経なければ利用できない点にも注意が必要です。

預貯金

預貯金においては、遺産分割協議なしには預貯金全額の払戻を受けることはできません。また、各相続人が「自己の法定相続分だけを請求する」ということも不可能です。
なお、2019年4月の法改正により、遺産分割協議の前に預貯金から一定額の払い戻しが受けられるようになりました(民法909条の2)。払い戻せる上限金額は「150万円」または「当該銀行にある預貯金額×3分の1×法定相続分」のどちらか少ない額までとなっています。ちなみにこの制度は相続人に掛かる葬儀費用などの負担を軽減することが目的であり、これ以上の金額の払戻を受けるには遺産分割協議が必要となっています。

③ 相続放棄をする

では、認知症の相続人が相続放棄を行う必要がある場合はどうすればよいのでしょうか。
結論から言うと、相続人自らが相続放棄を行うことはできません。相続放棄をするには成年後見人が相続人の代わりに行う必要があります。ただ、成年後見人でさえも相続放棄をすることができない場合があります。それは成年後見人が相続人の1人である場合(親族が後見人で、かつ相続人でもある場合)です。この状態で成年後見人が認知症の相続人の相続放棄手続きを行うことは利益相反となるため、認められません。なお、成年後見人が認知症の相続人より先に相続放棄をしている場合は、利益相反とならないため、成年後見人による相続放棄手続きを行うことが可能となります。

相続発生前の対策

このように相続人に認知症の方がいる場合、相続手続きをスムーズに進めることが難しくなる場合があります。では、相続が発生する前にできる対策はないのでしょうか。

遺言を残す

まず初めに考えられる対策は遺言を残すことです。ご存じの通り、遺言を残すことにより、被相続人となる者は自身の財産の承継先を指定することができます。そして、遺言を残すことは残された相続人にとってもメリットがあります。遺言が遺されていれば、相続人は遺産分割協議を行わずに相続手続きを進めることができます。つまり、認知症の相続人がいてもスムーズな相続手続きが可能となるのです。

【注意】遺言では解決できない問題

確かに遺言を利用すれば、遺産分割協議を行わずに相続手続きを進めることができます。しかし、それですべてが解決するわけではありません。認知症の方に財産を遺しても、本人による財産管理は難しいというのが現状です。
また、認知症の方の生活を保障することを期待し、他の相続人に財産を遺すことが考えられますが、被相続人の希望通りに相続した財産を活用してくれるかは確実ではありません。「所有権絶対の原則」により、相続人が所有した(相続した)財産は相続人が自由に使い道を決めてよいことになっているためです。

家族信託を行う

家族信託とは、財産を持っている人(委託者)が、信託契約や遺言などによって、信頼できる家族(受託者)に対し不動産・現金等の財産(信託財産)を託し、一定の目的(信託目的)に沿って、特定の人(受益者)のために、受託者がその財産を管理・処分する家族間の財産管理制度です。

家族信託では受益者に相続が発生した際の次の受益者を指定しておく方法により、財産の承継先を指定することができます。さらに家族信託では残された配偶者の生活のために遺産が使われる仕組みを作ることができます。具体的に見ていきましょう。

父親X(85) アパートオーナー。体は弱ってきているが、判断能力に衰えはない。
母親Y(83) 認知症を患い、実家近くの施設に入所している。
息子A(55) 隣県に住み、実家には頻繁に訪れている。しっかり者だが誘惑に弱い。

アパートオーナーである父親Xは、最近自身の衰えを強く感じるようになりました。自身に万が一のことがあったらと考えると、認知症を患う母親Yの生活のことがなによりも気がかりです。賃貸不動産や現金を母親Yに遺しても、母親Yがそれらを管理することは不可能です。息子Aに財産を遺して、母親Yの生活を支えてもらうことも考えましたが、しっかり者である反面、誘惑に弱い息子Aが財産を自分のために使ってしまわないかを心配しています。

そこで以下のような家族信託の活用が考えられます。

  • 委託者:父親X
  • 受託者:息子A
  • 第1受益者:父親X
  • 第2受益者:母親Y
  • 信託財産:賃貸不動産・現金
  • 信託の目的:父親X及び母親Yの幸福な生活及び福祉を確保すること
  • 信託の終期:父親X及び母親Yが死亡したとき

当初は父親Xを受益者としますが、父親Xが亡き後は母親Yを受益者とします。こうすることにより、賃貸不動産や現金の管理は受託者である息子Aが行うことができます。しかし、これらの財産の実質的な所有者は受益者である母親Yです。息子Aは信託財産やそこから発生する利益の管理を母親Yのために行う義務があり、自己のために使うことは許されません。さらに息子Aの管理が心配な場合には信託監督人を就けることもできます。(法律専門家が信託監督人に就任する場合は報酬が発生します)。家族信託では資産承継先の指定はもちろん、その後の財産管理の方法を決めることも可能なのです。

まとめ

以上が相続人が認知症だった場合の手続きについてです。相続人に認知症の方がいる場合には相続手続きをスムーズに進めることが難しくなります。また、希望通りの遺産分割ができなくなるおそれもあります。「認知症による法的リスク」と聞くと認知症による資産凍結などの資産を有している方に対するリスクを思い浮かべる方がいるかもしれません。しかし、実際には資産を有していない方にも認知症による法的リスクは存在します。自分が、そして自分の大切な家族が万が一認知症になったらどのような法的リスクがあるのか。何も問題が起きていない時点から考えて、対策を講じていくことが重要であるといえるでしょう。

家族信託の相談窓口

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『このコラムの内容は掲載日時点の情報に基づいています。最新の統計や法令等が反映されていない場合がありますのでご注意ください。個別具体的な法律や税務等に関する相談は、必ず自身の責任において各専門家に行ってください。』

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