2022年4月4日

認知症による意思能力の低下について

認知症による意思能力の低下について

後期高齢者と言われる75歳以上の人口が全人口の13%である現代社会において、認知症は日常的な病気です。実際に80歳代の4人に1人は認知症と言われています。
このため高齢者が、がんなどの病気への理解や治療法の選択をしたり、ご子息への遺産相続について生前の意思決定をしたりする際に、本当に本人の意思を反映できているかどうか疑念が生じてしまうのは無理のないことです。

この記事では認知症による意思能力が低下することや同様の症状を起こしうる他の病気について解説します。

意思能力の低下をきたす認知症の症状

認知症は、さまざまな原因で起こります。顔にシミやシワができるのと同じように神経細胞にシミができて細胞が壊れてしまったり、または小さな動脈硬化をたくさん起こすことでいわゆる「かくれ脳梗塞」を起こしたり、などの年齢を重ねて起こりうる脳への変化が原因となります。変化を起こした脳の部位によってさまざまな症状が出ます。

その中で、意思能力に大きく関わる脳の機能障害は、記憶障害、失語、脱抑制です。

記憶障害はいわゆる「もの忘れ」のことで、近時記憶障害(ついさっきのことを忘れる)やエピソード記憶の障害(朝食を食べたなどの比較的新しい一連の記憶を忘れる)、記銘力の低下(現在の日付や場所などの中長期的な記憶を忘れる)などが挙げられます。
これらの症状が、病気の治療法の選択や相続などの場面において意思決定の妨げになることは明白です。

失語は大きく2種類あり、言葉が出にくい運動性失語、意味をなさない言葉が流暢に出る感覚性失語というものがあります。

運動性失語の場合の意思決定は、工夫すれば可能です。相手の会話の理解力はやや低下しているものの、なるべくゆっくり簡単な言葉で話し、択一式で答えられる質問や、予測できる言葉を並べるなどのサポートをすればある程度の意思決定は可能です。

しかし、感覚性失語の場合は相手の会話や文章の内容を理解することができません。また、発言の内容も支離滅裂なものになってしまうため、意思能力はほぼないものとみなしてよいでしょう。

脱抑制とは、怒りなどの感情の変化が急になったり、異様なほどギャンブルにのめりこんだり、あちこちで唾を吐いたりなど道徳的な観念が欠如した、理性的な判断ができなくなる状態で、大脳の前頭葉の機能が障害された時に出現する症状です。またこの場合、書類や契約など順序だてられた手続きができなくなります。このような症状がある場合は意思能力がほとんどないものと考えても良いでしょう。

認知症のタイプ

認知症には様々なタイプがあり、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などが日常的に遭遇する認知症です。なお、これらの割合は下図のとおりになっています(※1)

認知症のタイプ別の出やすい症状:アルツハイマー型認知症67% 脳血管性認知症19% レビー小体型認知症4% 前頭側頭型認知症1% その他の認知症9%

タイプ別の出やすい症状

アルツハイマー型認知症は、はじめにごく最近の記憶があいまいになり、時間や日付、そして朝食を摂ったなどのエピソードがわからなくなります。日付を聞いたときに、「歳をとると日付が気にならなくて…。」などと取り繕うのも特徴の一つです。
進行すると視覚情報の把握や、判断力の低下や段取りのある作業ができなくなります。例えば、見慣れた街並みがわからなくなる、料理の手順がわからなくなるなどの状況がみられるようになります。

脳血管性認知症は、小さい脳梗塞が多発することで起きるため、脳梗塞のできる場所によって症状は異なります。記憶障害が前面に出ることもあれば、思考が緩慢になり手続きなどの段取りを取れなくなります。短期記憶については、ヒントがあれば思い出しやすいのも特徴の一つです。

レビー小体型認知症は、記憶障害は比較的に軽度ですが、はっきりとした幻視や睡眠中に暴れる、転倒しやすくなるなどの症状がみられます。症状にムラがあるのも特徴です。

前頭側頭型認知症は、65歳未満でも発症しうる認知症で、記憶障害は比較的に軽度ですが、判断力の低下や、脱抑制がみられるようになります。また、言葉の理解が難しく、意味の通った会話が成立しにくい失語の状態がみられます。質問をしても、面倒くさそうにするのも特徴の一つです。

意思能力の判断方法

意思能力の有無や低下はどのように判断されるのでしょうか。
意思能力を構成する要素は大きく4つあり、理解・認識・論理的思考・選択の表明と言われています。
医療行為に関しては下の表を参考にこの4要素を吟味しますが、個々の治療に応じた説明や質問、その回答をもって総合的に判断します。基本的には本人の意思をなるべく尊重する結論を出せるようにしています。

理解
  • 医師から受けた説明の内容をどの程度理解しているか
  • 本人自らの言葉で開示された情報を説明してもらう
認識
  • 医師から受けた説明の内容を患者本人が自分のこととして認識しているか
  • 宗教的信念や文化的背景など個人の価値観も含めて検討する必要があり、最も複雑なプロセス
論理的な思考
  • 医療行為の結果を推測した上で論理的に考えられるか
選択の表明
  • 意思が揺れずに自分の意見をはっきり表明できているか
  • 言葉で伝える以外に、文章にして書く、うなずくなどの手段で伝えられる場合も含む

表1:医療同意能力を構成する4要素(※2)

一方で、遺言や金融機関への実務の場合、内容の複雑さや影響の大きさによって必要とされる意思能力は異なります。

例えば、もともと遺言状を作成している場合、一部のみ変更する場合や相続の割合が法定相続割合と近ければ意思能力がある程度低くても可能ですが、一部の相続人への相続割合を法定相続割合より少なくする場合や複雑な資産構成の場合は、意思能力が高くなくてはなりません(※3)

これらは、より高い客観性に基づいた評価が必要となりますが、具体的な検査値や画像などで評価する医学的なツールは現時点ではありません。遺言作成や金融取引については、法律家がチェックするときに使用する「椎名・名倉子規遺言能力観察式チェックシート(日本意思決定支援推進機構ホームページ、知財ダウンロードより入手可能)」も参考となります。

個人差はありますが、認知症の種類のうち、前頭側頭型認知症であれば早期から、アルツハイマー型認知症であればごく初期を過ぎたころから、そのほかの認知症であれば進行期の場合に意思能力は低下していると考えても良いかもしれません。

認知症と似た症状が起こりうる病気

認知症以外にも、認知症と似たような症状がみられる病気があります。それらは「治療可能な認知症」とも言われていて、原因への対処を行うことで以前の状態へ戻ることが可能です。
認知症と間違われることがあるため、下記の症状があった場合は医療機関の受診をおすすめします

せん妄、うつ病など精神症状

せん妄とは、急に場所や日時がわからなくなるなどの認知症のような症状が生じたり幻覚や気分の落ち込みなどがみられたりするもので、多くは、環境の変化やケガなどによる痛み、特定の薬剤の内服や心理的なストレスがきっかけとなります。原因に見合った対処をしなければ元に戻らない可能性もあります(※4)

うつ病も認知症と間違われやすい病気で、意欲低下や思考緩慢などにより認知症と似た症状が起きます。内服薬の調整で改善が見込めます。

一部のビタミンの低下やホルモンバランスの乱れ

アルコール依存症や偏食の方で、ビタミンB1やB12,葉酸などが欠乏して起きる認知症に似た病気があります。ウェルニッケ脳症というもので、せん妄やうつ、目の前で起きている状況を理解できない、まっすぐに歩けない、ものが二重に見えるなどの症状がみられます。ビタミン剤の補充などの治療を行いますが、ほとんどの方が元通りにはなりません。

一方で、甲状腺ホルモンの低下でうつや意欲低下、思考緩慢の症状が出る橋本病という病気があります。中年~壮年期の女性に多く見られるもので、甲状腺ホルモン剤の内服で症状は改善します。

頭を打撲した場合

転んで頭をぶつけてしまった、立ち上がる時に家具に頭をぶつけてしまったとなどの後に、時間が経ってから認知症のような症状が出ることがあります。

頭を打撲したときに脳と頭蓋骨の間にある小さい血管が破れてしまい、時間をかけてじわじわと出血が広がり、脳を圧迫されることで症状が出ます。これは慢性硬膜下血腫(まんせいこうまくかけっしゅ)というもので、頭をぶつけてから約1~2か月後にもの忘れ、スリッパが脱げやすい、トイレに間に合わないなどの症状がみられます。

CTで簡単に診断がつき、30分程度の簡単な手術でほぼ元通りになることが可能です。

まとめ

認知症やそのほかの病気で、意思能力が低下する状態についてご紹介しました。

医療においては、多少の認知症があっても説明を工夫し、本人の生きる権利に基づいて家族の意思よりも本人の意思を尊重します。しかし、その主張が医学的に正しくない場合はご家族に説明し、理解を得たうえで方針を決定しています。

遺言や金融資産管理などにおいては、医療における治療方針の決定のような客観的な指標がなく、本人の主観、いわゆるグレーゾーンが広いことは自明です。利害の不一致により、死後に遺言無効確認を求める訴訟が提起されるケースも増えつつあります。

現時点では、「法律行為の当事者が意思表示をしたときに意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効」とされています(民法第3条の2)

高齢社会において認知症の人たちの人権を守る動きもありますが、基本的には意思能力の低下が疑われる前に遺言作成や家族信託をしておくことをおすすめします。
認知症の種類によっては65歳頃から出現するものもあるため、早めに作成した方が良いでしょう。

<参考文献>

※1 認知症疾患診療ガイドライン2017年

※2 成本 迅:医療等の意思決定が困難な人に対する支援の方法;老年精神医学の視点から.実践 青年後見 72:79-85, 2018年

※3 成本 迅:認知症の人の意思決定支援と人権.老年精神医学雑誌 32/2,2021年

※4 長谷川 典子:せん妄;日常診療に必要な認知症症候学.振興医学出版社 2014年

西村天

西村天(神経内科医)

医師歴8年目の内科医。専門は脳神経内科で、日常的に認知症の診療や脳卒中、パーキンソン病などを診療。近年は高齢者の就労支援事業にも携わる。近畿大学卒業後、大阪や東京都内の大学病院や地域中核病院に勤務。

『このコラムの内容は掲載日時点の情報に基づいています。最新の統計や法令等が反映されていない場合がありますのでご注意ください。個別具体的な法律や税務等に関する相談は、必ず自身の責任において各専門家に行ってください。』

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