遺産隠しの対処法│疑いがある時・疑われた時・防ぎたい時はどうする?

遺産隠しの対処法│疑いがある時・疑われた時・防ぎたい時はどうする?

資産家・富裕層に限らず、亡くなった人の財産をこっそり自分のものにしようとする「遺産隠し」が時折見られます。開示された相続財産の情報に違和感を覚えたら、そのまま手続きを進めようとせず、是非ともきっちり分割を終えられるよう行動しましょう。
具体的なトラブルの例と対応の進め方は、本記事で学べます。自分が疑われる立場になった場合、あるいは身内の不仲等を心配して「財産独占を未然に防ぎたい」と考える場合も、対応の基本が分かります。

相続財産は本当にそれで全部?│遺産隠しの概要と具体例

亡くなった人に属する財産は、法的に「共有」のものとして扱います。その情報もきちんと共有し、取り分に関する話し合い(=遺産分割協議)もしくは遺言執行が済むまで、勝手に処分することは許されません。
ところが実際には、相続財産の一部または全部の情報を伏せ、保管場所から持ち出してしまう人がいます。言うまでもなく独占を目的とする、いわゆる「遺産隠し」です。

預金が勝手に下ろされている

遺産隠しの形として最も多いのは、取り分を決める前に預金を下ろしていた、あるいは残高が他口座に移されていた……というものです。
ほとんどは同居家族によるもので、通帳・印鑑等を容易に入手できる状況が利用されます。本人に悪意があるとは限らず、問いただすと「生前任されていた生活費管理をいつも通りやっただけ」「介護中の借金で苦しい」等と言い訳されがちです。

遺産分割のまとめ役が情報開示してくれない

前述のトラブルと並んで多いのは、遺産分割をとりまとめる立場の人物がきちんと情報開示しないケースです。提示する目録から高額資産を除外する、あるいは「めぼしい財産はなかった」と嘘をついて協議を拒否する……等といった手口があります。
特に注意したいのは、若年者・高齢者・障がい者等が相続人に含まれるケースです。法律行為やアクセスできる情報に制限があるのを良いことに、知らない間に権利を横取りされる場合があるのです。

周囲に黙って生前贈与していた

他に遺産隠しの形として挙げられるのは、生前贈与によって先に遺産が持ち出されているケースです。この場合、基本的に契約書を交わさず「口約束」や「現物手渡し」で行われるため、発覚しにくいと言わざるを得ません。
被害に遭った側が指摘すると、受贈者は「亡くなった人の意志で行われたこと」と正当性を主張するはずです。蓋を開けてみれば、健康上の理由等で財産を自己管理できておらず、普通なら進んで贈与するのはあり得ないと解せる場合が少なくありません。

遺産隠しの疑いがある場合の調査方法

「誰かが遺産を隠している」と感じた時は、ひとまず調査で保管場所や価額を突き止めましょう。隠ぺいされている資産の特定は、法的措置を講じる上でも不可欠です。

預貯金の調べ方

預貯金の存在に関しては、相続人であれば取引先銀行に照会できます。
口座情報が分かっているなら残高証明書や入出金明細を取り寄せられますが、分からない場合は「名寄せ」から始めなくてはなりません。

上場株式・債券等の調べ方

証券会社に預けられている株式等の資産については、預貯金と同じように相続人であれば照会可能です。
契約者情報すら分からない場合は、証券保管振替機構(ほふり)に「登録済加入者情報の開示請求」を行えば確認できます。

不動産の調べ方

土地建物の所有情報は誰でも登記所(法務局)で確認できますが、遺産隠しでは回り道せざるを得ません。登記事項証明書を請求しようにも、住所等の物件特定できる情報が一切分からないからです。
そこで最初にあたるべきなのが、市区町村役場の課税台帳です。固定資産税にかかる左記の台帳には、賦課対象になっている土地建物の情報が載っています。

その他の調査で得るべき資料

この後説明するように、財産だけでなく「死亡者本人の生前の状況」も調べておきましょう。具体的に資料として確保したいのは、以下のようなものです。

  • 診療医が作成したカルテ、診断書
  • 要介護認定に関する資料(市区町村役場で請求可)
  • 生前の会話や本人の考えが分かるもの(メッセージ履歴等)

遺産隠しが分かった時の対応方法│相続財産を取り戻すには

遺産隠しが分かったのなら、もちろん返還を求めるべきです。単なる依頼ではなく法的な請求として扱うなら、権利侵害や法律効果の有無といった根拠、つまり「法律上の主張」を組み立てなくてはなりません。
対応方法を理解する上で覚えておきたいポイントを確認した上で、法律上の主張から対処を検討してみましょう。

▼ 遺産隠し対応のポイント
  • 状況に合う法的主張を行う
  • 消滅時効を意識して迅速に行動する
  • 返還が実現したら修正申告を実施する

不当利得返還請求権を主張する【遺産分割前の場合】

遺産分割が終わる前に隠ぺいに気付いた時は、使い込みまたは独占された財産のうち、法定相続分を超える部分を「不当利得」と主張する手が考えられます(民法第703条)
以上の方法で法的に請求する時の注意点として、家裁で遺産分割調停、地裁で不当利得返還請求訴訟とのように、2つの事件として取り扱うのが原則です。例外は死後に預貯金が勝手に使われているケースとなり、平成29年の法改正以降、遺産分割調停でまとめて解決できるようになりました(第906条の2)

遺産分割協議の無効・取消しを主張する【後で発覚した場合】

遺産分割協議の後に財産隠しが判明した場合は、終わった協議を無効または取消しとして、再協議で分割をやり直す方法が考えられます。
問題は協議を無効にできる条件ですが、遺産隠しの“犯人”が身内だと、必要な「相続人全員の合意」はなかなかとれません。この場合に検討できるのは、詐欺による意思表示(民法第96条)、または錯誤(民法第95条)による取消しを主張し、その確認のための訴訟を起こす方法です。

遺産隠しが生前贈与で行われた場合の対処法

生前贈与による遺産隠しは、まず贈与契約自体の有効性について検討します。間違いなく契約が有効ならば、贈与された財産を遺産として扱えるかどうかが問題です。

▼ 贈与契約の無効を主張する場合
贈与契約を無効とするには、その条件になる意思能力の欠如(民法第3条の2)等の証拠が必要です。認知症と診断された後に贈与されたケースなら、医療機関から得られる記録のほか、介護者の報告書等が証明になります。
▼ 特別受益の持戻しを主張する場合
有効な贈与契約のうち、一定の条件を満たすものは「特別受益」と呼ばれ、遺産分割の対象になります(民法第903条)。対象になるのは、結婚、養子縁組、その他に生活費の援助等といった「生計の資本」として受けた贈与です。上記の贈与の目的や事実を証明できるものがあれば、特別受益を含めて分割し、問題の受贈者の取り分から贈与の価額を控除できます。

遺産隠しの対応は消滅時効に要注意

相続財産を返還させるための手続きは、主張する権利の消滅時効を考え、出来るだけ早く行わなくてはなりません。実務では、始めから調停・訴訟から入るのではなく、遺産隠しがほとんど確実と分かった段階で内容証明郵便を送り、時効完成を食い止めようとするのが普通です。

▼ 遺産分割請求権の時効
遺産分割自体は「いつでも」要求でき、消滅時効の定めはありません(民法第907条1項)
▼ 不当利得返還請求権の時効
権利を行使できると知ってから5年、遅くとも権利を行使できる時から10年で消滅します(民法第167条1項)
▼ 別受益の時効
特別受益の持戻しに消滅時効の定めはありません。ただし、その価額が大きく遺留分侵害額を求める必要に迫られた場合、対象は相続開始前の10年間に行われた贈与に限られます(民法第1044条)

解決後は相続税の修正申告を忘れずに

無事に遺産を取り戻せたなら、当初の予定額より多く取得するはずです。そうなれば、既に行った相続税申告も修正しなければなりません。
気になるのは申告漏れまたは申告遅れによるペナルティ、つまり加算税です。結論として、遺産隠しから始まる諸々の事情は「正当な理由」(国税通則法第65条4項・第66条1項)と解釈でき、加算税がかかる余地はないと考えられます。

自分自身が遺産隠しを疑われている場合はどうする?

ここまでは遺産隠しにより被害を受ける側を前提としていましたが、反対に自分があらぬ疑いをかけられる場合もあるでしょう。憤慨し、不正はないと納得してもらいたい気持ちになるのは当然ですが、焦って対応するのは禁物です。

話し合いは弁護士を挟む

遺産隠しの疑惑を自力で解消しようとするのは無理があります。身内同士だからこそ水掛け論になり、過去を蒸し返す等して、解決に向かわない場合が多いからです。
出来るだけ代理弁護士を間に挟み、話し合いの前後にはどう問題に向き合うべきかフォローしてもらいましょう。

記録に基づいて合理的な説明をする

言うまでもなく、トラブルについて信用や個人的関係だけで話を進めるのは不毛です。入出金明細や登記情報といった記録に基づき、客観的・合理的な説明を心がけましょう。
実際のところ、心当たりのない遺産隠しで責められるケースの多くは、あいまいな指摘に留まっています。「実家の財産がこんなに少ないはずがない」「多分もっとあるはず」等といったものです。地道にデータと事実に基づく説明をすれば、証拠の面で著しく不利と知って引き下がってくれるでしょう。

遺品や遺言書の扱いは慎重に

気を付けたいのは、亡くなった人の身の回りにあるものの取扱いです。
他の相続人に知らせずに遺品を持ち帰ると、疑り深い人の主張が過熱してしまいます。物品の処分や管理に関しては、必ずすぐに情報共有しましょう。
遺言書が見つかった時は、特に取扱いに注意すべきです。少なくとも、封筒に入った状態で見つかった場合は、未開封のまま他の相続人に知らせて状態を一緒にチェックしてもらい、家庭裁判所での検認(民法第1004条)が必要か確かめるべきです。遺言書の取扱いが不適切だと、偽造・変造を疑われて争いが激化し、さらに過料や遺言無効確認訴訟のリスクにもさらされてしまいます。

遺産隠しが発覚するとどうなる?│民事・刑事上のペナルティ

通常、遺産を隠した人物が何らかの処分を受けることはありません。強いて言えば、不当利得として返還する際、利息の上乗せ(民法第704条)を判決で命じられる場合があるくらいです。
ただし、稀に見られる極めて悪質なケースに関しては、上記の限りではありません。

相続欠格【民事上のペナルティ】

遺産隠しの民事上のペナルティとして考えられるのは、欠格事由による相続権の喪失です(民法第891条)。具体例は2パターンと考えられ、ひとつは強引に遺言を歪めてしまったケース、もう1つは恐喝その他の犯罪で同時に捜査・公判が進んでいるようなケースです。

▼ 相続人の欠格事由
  • 被相続人または同順位以上の相続人を殺害し、または殺害を企てた者
  • 被相続人が殺害されたと知りながら、これを告発・告訴しなかった者
  • 詐欺または強迫により、遺言の撤回・取消し・変更を妨害した者
  • 詐欺または強迫により、遺言の撤回・取消し・変更をさせた者
  • 遺言書の偽造、変造、破棄、隠匿を行った者

窃盗罪・横領罪等【刑事上のペナルティ】

刑法では、故意の持ち去りや無断使用は窃盗罪(第235条)、預かっている財産を使い込む行為は横領罪(第252条・第253条)としています。対象の物品は特に限定されておらず、遺産に関しても処断される可能性があります。
そうは言っても、直系血族・配偶者・同居親族は刑を免除される規定があります(第244条1項)。つまり、刑事上のペナルティが存在するのは、近親者でない者や職業後見人(弁護士等)に限られます。

実際、身内の遺産隠しを警察に相談しても「何も出来ない」と言われるのが普通です。相談先は基本的に士業であり、心身を傷つけるような犯罪を特に伴わないなら処罰もないと覚えておきましょう。

遺産隠しは生前対策で防ぐ│相続争いへの備え方

遺産隠し・使い込み・横領等のトラブルは、生前の不用心にあると言っても過言ではありません。いま相続人として問題に悩まされている人も、次の世代に向けて防止策を講じておくべきです。
将来の被相続人として、ここでどんな準備が出来るのかチェックしておきましょう。

日頃から適切な財産管理を心がける

遺産隠し対策の基本は「日頃の心がけ」です。財産の場所や増減状況に目を配り、セキュリティも万全にしておきましょう。たとえ気心知れた身内であっても、安易に管理や情報を委ねるのは禁物です。その身内に思いもよらない事情や意図があり、死後になってトラブルが表面化する可能性があるからです。

▼ 財産管理のNG行為
  • 通帳やキャッシュカードを他の人に預けたままにする
  • 正式な契約がないまま管理・運用を委任する
  • 暗証番号等を誰でも確認できる場所で管理する

財産管理を透明化する

財産に関して親族に何も知らせようとしないのも、また遺産隠しの原因になります。同居・別居の違い等で親族間に情報格差が生じ、相続開始後になって「自分しか知らない財産」を他の人に伏せようとする動きが出るからです。
相続権があり信頼できると感じる相手なら、取引先銀行や所有する土地建物の住所、そしてもらい受けるには十分な資産価値があること等を伝えても構いません。家族とコミュニケーションを取り、最低限の情報は全員が知る状態にしておくことが大切です。

遺言書を作成する

遺言書は「財産の配分を指定したい場合に作成するもの」と理解される向きがありますが、同時に資産状況を家族全員に明示する手段でもあります。各人の取り分を指定するにあたり、財産目録を添付することになるからです。
書面の作り方については、手間と費用がかかっても「公正証書遺言」とすると良いでしょう。原本が公証役場で保管されることで、遺産隠しを目的として不正に手が加えられる事態を防げるからです。

健康状態が悪化した時の取り決めを交わす

遺産隠しのきっかけは「健康状態の悪化」がほとんどです。財産管理や日常生活のために委ねた権限が、最後は濫用されて「他の相続人に渡す前に自分の口座に移す」等の行為に利用されてしまうのです。
どんなに信頼する身内でも、委ねる範囲や権利義務を明確にしなければ、上記の事態は起こり得ます。そこで、万一に備えて以下のような準備を整えましょう。

▼ 任意後見契約
判断能力が不十分となった場合、その後は後見人が財産管理や療養看護を行います。あらかじめ後見人候補者と話し合って「任意後見契約」を結んでおけば、委任事項にない行為は防げます。万一の時は監督人が選任され、後見事務を第三者でチェックする体制がとられる点も安心です。
▼ 家族信託
重要な資産を家族に管理してもらうなら、信託契約の締結が最善です。いったん信託した財産は、目的に沿って自由に管理されるのと同時に、信託帳簿等の作成・保管義務を通じて透明性が保たれます。信託の終期、その際の財産の帰属先等を契約事項に含めておくことで、確実に想定した通りの処分が行われるのもメリットです。

おわりに│遺産隠しは調査と法的措置で解消できる

遺産隠しの疑いがある場合は、きちんと裁判手続まで問題解決にあたるためにも「何が・どこに・いくら」あるのか調査しましょう。調査結果をしっかりと揃え、状況に合った法律上の主張を組み立てれば、使い込みや独占状態は解消できます。

▼ 遺産隠し疑惑の対処のポイント
  • まずは被相続人名義の財産を洗い出し、証拠を確保する
  • 消滅時効の完成を避けるため、早急に返還請求の意志を伝える
  • 自分が疑われた場合は、事実と記録に基づく反論を徹底する

相続財産が隠ぺいされるケースの状況を辿ると、多くは生前の不用心に端を発しています。通帳・キャッシュカード等の財産を動かせる手段は厳重に管理しつつも、遺言書や家族信託で「万が一自己管理できなくなった時の約束事」をはっきりとさせておきましょう。
遺産隠しの対処と防止は、懸念する状況に合わせて方法を変えなくてはなりません。もめ事の間に立てる士業、そして査定で資産価値を特定できる各種業者と連携し、慎重に事を進めましょう。

遠藤 秋乃

遠藤 秋乃(司法書士、行政書士)

大学卒業後、メガバンクの融資部門での勤務2年を経て不動産会社へ転職。転職後、2015年~2016年にかけて、司法書士試験・行政書士試験に合格。知識を活かして相続準備に悩む顧客の相談に200件以上対応し、2017年に退社後フリーライターへ転身。

『このコラムの内容は掲載日時点の情報に基づいています。最新の統計や法令等が反映されていない場合がありますのでご注意ください。個別具体的な法律や税務等に関する相談は、必ず自身の責任において各専門家に行ってください。』

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