家族信託が無効になる?
やってはいけない家族信託4選

家族信託が無効になる?<br>やってはいけない家族信託4選

家族信託が無効になる例として、契約時の意思無能力、脱法信託・訴訟信託、差押え回避のための詐害信託、遺留分回避を目的とする信託の4つのパターンがあります。

せっかく複雑な手続きを経て家族に財産を託しても、効力がないとされると元も子もありません。本記事を確認してからあらためて家族信託を活用する目的を振り返り、適正と言えるのか確かめてみましょう。

1.意思能力を有しない者の信託契約

家族信託の有効性は、手続きする人の判断能力が十分でなければならないとする法律行為の原則に縛られます。未成年者や被後見人等といった行為能力を持たない状態はもちろんのこと、その契約について意思能力(民法第3条の2)がないと判断される時も、家族信託は無効です。

1-1.意思能力の定義と判断基準

意思能力とは、自分の行為の結果を弁識し判断できる能力とされています(民法第7条)。他方で、意思能力の有無の判断基準は明確ではなく、本人の健康状態や当時の状況個別具体的に判断されるものです。

当然あり得るのは、意思能力の有無が行為の内容によって変わる可能性です。初期認知症や軽~中程度の知的・精神の障がいでは、日常の買い物程度なら問題なくこなせるでしょう。しかし「高額取引について適切に判断する」「契約書の内容を読んだり考えたりする」といった行為は難しいと言わざるを得ません。上記のように、信託契約を含め、限定的な場面で意思能力を発揮できなくなるケースも考えられます。

1-2.意思無能力による信託無効を避ける方法

無能力による家族信託の無効を極力避けたいのなら、契約当時の本人の様子を客観的かつ明瞭に記録しておきましょう。具体的には、打ち合わせしたり契約書にサインしたりする時の様子を録画・録音で残しておき、いつでも証拠として提出できるようにする方法が考えられます。契約の直前直後に医療機関で検査を受け、知能の状態について医学的証明を残しておくのも有益です。

2.法律で禁止される信託

信託法では、受託者しか得のない事実上の贈与のような契約や、代理人を務めさせるための契約を禁止しています。それぞれ脱法信託・訴訟信託と呼び、当然無効です。

2-1.脱法信託

信託法第2条では「特定の者=受託者」が「専らその者の利益を図る目的」での信託契約を認めていません。違反すると脱法信託(第9条)とされ、無効になります。仮に上記のような信託契約が有効とされるなら、財産を譲渡して受託者自身が所有者となる行為と区別がつかず、認めると脱税その他の違法行為の温床となってしまいます。

▼ 脱法信託の例

  • 日本国籍を有する者もしくは日本国法人にしか認められていない営業権につき、営業を希望する外国人を受託者とする
  • 単に贈与税を回避するために信託制度を利用し、事実上受託者が自由に処分・費消できる契約を締結する

2-2.訴訟信託

信託法第10条では「訴訟行為をさせることを主たる目的」とする信託契約を認めていません。抱えている法律トラブルの解決を任せたり、第三者である受託者を巻き込んで相手の反応を見たりするような目的が挙げられます。不当提訴・濫訴を容認し、弁護士が訴訟代理人となる原則をも形骸化させてしまう恐れがあるからです

▼ 訴訟信託の例

  • 受託者に回収を依頼する目的で、債権や損害賠償請求権を信託財産とする
  • 共有持分や境界線等で争いのある土地につき、嫌がらせ目的で信託する

3.詐害信託

信託契約には「委託者が差押えされても信託財産は回収対象外となる」メリットが存在するものの、濫用は当然禁止されています。強制執行・差押え等を回避するためとみなされた家族信託は、債権者を害するとして無効です。

3-1.詐害信託の仕組み

詐害信託の仕組みについて、信託悪用の目的が債権回収から逃れることであるという点から出発してみましょう。

信託契約すると、委託者(=ここでは債務者)の固有財産が減少します。その減った分は信託財産の独立性(信託法第23条・第24条)と呼ばれる原則のもと、強制執行や差押え等の処分の対象外となり、破産財団にも属し得ません。信託財産には誰も手出しできない、いわゆる倒産隔離機能が働くのです。

上記の仕組みを無制限に利用できるとすれば、信託してから破産申立てし、結果として本来あるべき弁済が行われないケースが横行してしまいます。そこで、債権者の不利益になるような信託契約を定義し、債務者の財産隠しを許さない規定が設けられました。

3-2.債権者等による信託取消しの方法

詐害信託と判断される契約は、債権者が受託者または受益者を被告として、契約の取消しまた受益権の譲渡を請求できます。詐害行為取消請求の方法や制限については、次の①~②のように規定されています。なお、詐害信託と判断される場合、破産手続や民事再生でも否認権行使の対象となります(信託法第12条)

① 受託者に詐害行為取消請求する場合

受託者を被告とする場合、その受託者が債権者を害することを知っていたか否かにかかわらず、信託の取消しを請求できます(信託法第11条1項)
ただし、受益者が現に存する場合は、その全員が受益者指定もしくは受益権譲渡の際に詐害行為と知らなかった時に限り、上記取消請求は可能とされます。もっとも、左記制限を免れようと無償で指定・譲渡した受益者については、請求の対象外にはなりません(7項・8項)

② 受益者に譲渡請求する場合

既に給付を受けた受益者に対しても詐害行為取消請求が可能です。信託法上は、まだ給付されていない分について受託者に譲渡するよう求めることが認められます(5項)。受益者が詐害行為であると知っていたか否かによる制限は、受託者に対して請求する場合と同様です。

4.遺留分回避を目的とする家族信託

家族信託に多い勘違いは「信託財産にしてしまえば遺留分の請求は受けない」とするものです。結論として、遺留分の支払いを免れるための信託契約は、免れようとした範囲で無効になります。

最も間違えやすいポイントであることから、根拠となる事例を含めて丁寧に解説します。

4-1.遺留分回避の信託が無効とされた例

遺留分制度をかいくぐるための家族信託が否定された例として、東京地裁平成30年9月12日判決が挙げられます。事例では、信託契約の実質から、公序良俗に反するため無効とされました。まずは事実関係を整理してみましょう。

【相続の状況】

被相続人Xは平成27年2月18日に死亡、Xの相続人は子どもらA・B・Cの3人。
死亡の17日前、XはCと全財産の3分の2を死因贈与する契約を締結。死亡の13日前になると「Cの直系血族に家を継いでほしい」との思いから、次のような信託契約を締結した。

【信託契約】

  • 委託者:被相続人X
  • 受託者:相続人C、Cが死亡した時はCの長男
  • 受益者:①被相続人X、②相続人Cが6分の4・AとBに受各6分の1
  • 信託財産:X所有の全ての不動産及びその利益、現金300万円

※ 受益者の番号は優先順位

契約上、信託不動産から得られる収入(賃料等)を受益者たるAが手にすることになり、その大きさは遺留分割合を満たしています。一見問題なさそうですが、不満を持った相続人Aは、受託者Cに対し信託契約の無効を主張して遺留分減殺請求(※現行制度では遺留分侵害額請求)をしました。この経緯について、裁判所は次のように判断しています。

① 利益配分が伴わない信託契約は無効

判決では、信託不動産の一部について経済的利益(=賃料等の収入)など実際には発生しないことが指摘されています。つまり、形だけ遺留分制度に則った信託契約であり、これが制度を潜脱する意図ありと理解されました。

② 遺留分の請求対象は信託受益権

裁判所が遺留分減殺請求の対象としたのは、信託財産ではなく信託受益権です。実際に利益を生むのは受益権の部分から、遺留分として満額ではなく、不足のある部分だけを支払わせようということです。いずれにしても、相続人に最低限与えるべき権利は、きちんと耳を揃えて確保する必要ありと考えられています。

4-2.家族信託は遺留分回避の方法にはならない

事例で見たように、家族信託で遺留分回避の方法にはなりません。特定の相続人等に財産を集中させたい時は、固有財産もしくは給付が実現する受益権で、実際に遺留分権者を満足させなくてはなりません。

少し補足すると、現在の法律では、遺留分の請求を受けた場合に金銭で支払わなくてはならないとされています。請求を受けた相続人の手元資金が足りない場合、資産の一部を売却して支払いに充てる必要があります。せっかく集中させた財産が左記理由により失われる可能性があることからも、遺留分権者の利益はしっかりストックしておく必要があります。

5.まとめ

契約時に意思能力がなかったり、信託の目的が適正とは言えなかったりする場合、その家族信託は無効とされます。あらためて効力が認められない信託の種類を整理すると、次の通りです。

  • 意思無能力者の家族信託
  • 受託者の得にしかならない信託(脱法信託)、訴訟目的の信託(訴訟信託)
  • 差押え回避が目的である等、倒産隔離機能の濫用にあたる信託(詐害信託)
  • 遺留分を回避する目的の信託

家族信託の設計や契約は、希望を実現できるかどうかも含め、専門の士業への相談が必須です。ぎりぎりになって「実は信託契約できない」と判明する事態を避けるため、相談のタイミングは早めを心がけましょう。

遠藤 秋乃

遠藤 秋乃(司法書士、行政書士)

大学卒業後、メガバンクの融資部門での勤務2年を経て不動産会社へ転職。転職後、2015年~2016年にかけて、司法書士試験・行政書士試験に合格。知識を活かして相続準備に悩む顧客の相談に200件以上対応し、2017年に退社後フリーライターへ転身。

『このコラムの内容は掲載日時点の情報に基づいています。最新の統計や法令等が反映されていない場合がありますのでご注意ください。個別具体的な法律や税務等に関する相談は、必ず自身の責任において各専門家に行ってください。』

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