2024年7月1日
官・民 森林経営管理手法の模索
森林からイノベーションを起こせるか?

1.背景・森林は負動産なのか?
日本は国土の3分の2を森林が占めています。森林は国が所有する「国有林」、自治体などが所有する「公有林」、個人や会社などが所有する「私有林」に区分され、国有林は森林面積のうち約3割、公有林は約1割、私有林が約6割となっています。
しかし、そして私有林のうちの約3割は相続登記が行われていないことなどが原因で、所有者が分からない状況です。
伐採や植林を行う森林経営においては、森林の境界の明確化や所有者情報の把握が必須です。しかし、相続で森林を保有していることを知っていても自分の山の所在地が分からない、高齢のため現地で立ち会えない、隣接している森林の所有者が分からないなどといったことが原因で森林の境界は明らかにしにくいのが現状です。
2024年の4月1日から、相続登記が義務化されました。相続登記は、これまでに相続したものも対象となり、過去の相続については、2027年4月1日までに登記を済ませる必要があります。
森林所有者が、森林の所在する市町村の区域に居住していない不在村化や高齢化が進む中、所有者情報の把握のために迅速な対応が求められています。
国土における総陸地面積に占める森林面積の割合を示す森林率は、2020年時点で日本は68.4%で、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中ではフィンランドの73.7%、スウェーデンの68.7%に次いで3番目です。そして、全産業において、国産の木材をどれほど活用しているかを表す指標である木材自給率はフィンランドが約130%、スウェーデンが約140%である中、日本は約40%です。
森林大国であるにも関わらず、日本で林業の担い手不足や高齢化が進んでいる要因の1つには、1964年に木材輸入が全面自由化されたことが挙げられます。
安価に輸入が可能な木材の需要が高まったことで国内の林業経営は依然として苦しい状況が続いていました。
しかし、近年は輸入木材の価格高騰化やバイオマス発電の燃料としての需要増加などにより、木材の国内自給率は上昇傾向にあります。2002年には最低を記録した18.8%から、2022年には40.7%まで回復しました。
輸入木材価格の高騰化のことをウッドショックといいます。ウッドショックは新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって一時的に冷え込んだアメリカの住宅市場が、リモートワークの普及により、アメリカ国内での住宅需要が急激に高まったことで輸出される木材が少なくなり単価が上昇したこと、コロナ禍による労働者減少によるコンテナ輸送業務の停滞や運賃の値上がり、ネットショッピングの需要増によるコンテナ不足といった状況など、さまざまな要因が重なったことで引き起こされました。
例えば、アメリカからの製材の輸入価格は2021年9月には、前年末比2.75倍に達しています。ウッドショックは依然として続いている状況で、輸入木材の高騰からも、国内木材への転換を行う企業も現れています。それにより、国内木材の需要も高まり、価格も上昇傾向にあります。
今回のコラムでは、森林管理の重要性や維持管理をする仕組み、民間・国や自治体の取り組みなどについて解説します。
2.信託スキームを用いた森林管理
日本では、戦後の復興需要や1950年頃から始まる高度経済成長のなかで木材需要が増えたことで、スギやヒノキの植林が活発に行われました。人の手によって植えられ、育った森林を人工林といいます。
日本の森林面積のうち、約4割は戦後に植林された人工林です。森林には貯水や土砂崩れを防ぐ機能、光合成により二酸化炭素を原料にして酸素に変換する機能などがあります。
しかし、人の手によって植林された人工林の場合は、放置されると地面に光が届きにくく、植物が生えなくなり、結果として土壌が流出しやすくなる恐れが高まります。人工林には人の手による間伐や枝打ちが必須で、これにより正常な森林として機能します。
また、森林が自身で養分を作り出す光合成は老木よりも成長途中の若い木の方が活発で、樹齢が増すと二酸化炭素の吸収量は下がってしまいます。戦後に植えられた日本の人工林は現在成長のピークを越え、収穫の時期を迎えているものが大半です。これらの人工林を活用し、新たに植林を行うことが現在の日本の森林の課題となっています。
森林資源は植林して終わるものではなく、植えて育てた森林を伐採し、木材として利用することによって、その販売収益を用いて伐採跡地に次の森林を植えて育て、さらに将来の世代がその森林から木材を伐採し利用するという「植える」「育てる」「使う」「植える」というサイクルを構築して初めて森林活用となります。
森林活用のためには、森林を維持管理する仕組みが必要です。しかし、日本の林業はほとんどが零細家族経営で、高齢化が進んでいます。また、所有者不明森林が増える中、適切な森林管理が困難となっています。そのような中、注目を集めているのが「信託」と呼ばれる森林管理手法です。
日本における信託の仕組みを使った森林経営管理手法として、「森林経営信託」「家族信託」「商事信託」の3つをご紹介します。
信託とは、財産の所有者(委託者)が信頼できる人(法人)に財産を託し、財産を託された人(受託者)が委託者の定めた信託目的に従って、その財産の管理・運用・処分を行い、そこから生じた利益を委託者の指定した人(受益者)に渡す仕組みのことです。信託すると、受託者へ形式的な名義移転が発生します。
森林信託では、財産にあたるものが森林です。森林の運用管理を託すことで森林を維持管理し、利益を生むことを目指します。
2-1.森林経営信託
森林経営信託は、森林組合法に基づき森林組合が受託者、森林組合員が委託者となる森林信託です。森林組合は森林の所有者が出資して設立した協同組合で、森林所有者の森林経営のために、経営指導、施業の受託、共同購入、林産物の加工・販売などの事業を行っています。
2-2.家族信託
家族信託とは、財産を所有する自身の家族にその管理と運用を託すもので、森林に限らず、自宅や賃貸アパートなどでも行われています。 森林を託す家族信託では、例えば、森林所有者が高齢化したことにより山に入れないような状況になったときに、村外にいる自分の家族の代表者(受託者)に所有森林を信託し、その代表者が森林のある地元の林業事業会社との間で委託契約を結び、森林経営を任せ、そこで得た収益は森林所有者(受益者)に渡すといったケースがあります。
2-3.商事信託
商事信託は、森林を信託する相手(受託者)が内閣総理大臣免許・登録を受けた信託銀行などの営利会社であるものです。
例えば、岡山県西粟倉村では、三井住友信託銀行株式会社(受託者)が、2020年8月から、村外に住む森林所有者(委託者)から森林を受託し、ビジネスとする国内初の森林信託を開始しています。
3.森林経営管理制度とその財源
森林を財産として、森林所有者自ら民間事業者に運用管理を任せる森林信託に対し、森林経営管理が行われていない森林について市町村が仲介役となり森林所有者と担い手をつなぐ公的な制度として「森林経営管理制度」があります。
森林経営管理制度は、国内の人工林資源の活用・人工林の手入れ不足の解消・所有者不明の森林や境界が定まらない森林の問題への対応のために2019年4月1日から開始されています。このときに、森林経営管理制度と財源として、「森林環境譲与税」も導入されました。
3-1.森林経営管理制度とは
森林経営管理制度では、市町村が森林所有者に意向調査を実施し、森林所有者自らが森林の経営管理を実行できない場合に、市町村が森林の経営管理の委託を受けます。所有者が不明な場合にも特例措置が設けられています。所有者が委託をした森林は経営管理権が市町村に移ります。
委託を受けた森林が林業経営に適している場合は市町村が林業経営者に再委託をし、再委託できない森林や再委託に至るまでの間の森林は、市町村が自ら管理を実施する制度です。
林業経営に適している森林は、市町村が再委託をした林業経営者によって木材生産が行われます。小規模な森林であっても、隣接している森林も同じ林業経営者が管理することで木材生産が可能になる場合があり、森林所有者は販売収入が得られることもあります。
自然的条件に照らして林業経営に適さない森林は、防災のため、市町村による間伐などの実施がされて適切に管理が行われます。
そして、森林経営管理制度の財源となる森林環境譲与税はこれまで、森林整備が緊急の課題であることを踏まえて2019年度から前倒しで交付税や譲与税配布金特別会計における借入金で賄われてきましたが、2024年度からは課税が開始される「森林環境税」が財源となります。
国民が納税するものが「森林環境税」で、国を通して財源として市町村や都道府県に配分されるものを「森林環境譲与税」と呼びます。
3-2.森林環境税は1人年額1,000円が徴収される
森林環境税は、2013年度から2023年度までの10年間、都道府県税と市町村税でそれぞれ年間500円、合計1000円が住民税に追加で徴収され、地方自治体が実施する防災事業の財源に充てられていた復興特別税と入れ替わるかたちで課税が始まる国税です。
金額は復興特別税と同様の年額1,000円で、住民税が課税される人が対象である点も同様となっています。
3-3.森林環境譲与税の活用事例
森林環境譲与税は、森林経営管理制度への財源を中心に、森林の整備・森林を管理する人材育成・木材の利用や普及啓発といった市町村の活動に使用されています。
例えば、愛知県岡崎市では森林整備の担い手を育成のため、間伐などに興味がある森林所有者や森林ボランティアの希望者向けに、森林整備の知識や技術が習得できる講座を開催しています。また、神奈川県川崎市では公共建築物や民間建築物への木材利用、地方創生のための事業などを展開。産学官共同研究施設や店舗などの木質化支援、五感で木を体感し、木への興味を促す市民向け普及啓発イベントの実施などが行われました。
森林環境譲与税は、市町村では「森林整備及びその促進に関する費用」に、都道府県においては「森林整備を実施する市町村の支援等に関する費用」に充てることとされています。また、都道府県・市町村は、インターネットなどを利用してその使い道を公表することとされています。
森林環境譲与税は、2022年度には、総額500億円(市町村440億円、都道府県60億円)が譲与されました。
4.注目を集めるESG投資と森林ファンド
近年投資家が投資先の価値を見極める際、財務状況だけでなく環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の3つの要素を考慮するESG投資が盛んに行われています。
さらには、企業が森林の保護や植林、省エネ機器を導入することで削減や吸収ができた二酸化炭素量を、排出枠(クレジット)として発行して、他の企業と取引できる「カーボンクレジット」も欧米企業を中心に需要が高まっています。日本でも2013年にはカーボンクレジットを国が認証する「J-クレジット制度」がスタートしています。
日本では2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を宣言していることからも、現在活用しきれていない森林資源や放置林をいかに管理運用していくか、これまで以上に注目が集まることは間違いないでしょう。それは国を挙げて行われている森林経営管理制度や森林環境税からも、うかがい知ることができます。
4-1.住友林業が森林ファンドを設立
2023年7月には、住友林業が排出枠(クレジット)の創出を目的とする森林ファンドをアメリカで設立し、これにはENEOS株式会社、大阪ガス株式会社、日本郵政株式会社などの日本企業10社が共同出資しています。
4-2.緑と水の森林ファンド
国内でも公益社団法人の国土緑化推進機構が「緑と水の森林ファンド」として、一般市民や企業団体からの寄付をもとにした基金の運用益で、森林や緑化、水などに関する情報提供や調査研究が実施されています。
5.まとめ
世界的に脱炭素を目指す動きが強まる中、森林大国の日本がそれを活用しない手はなく、負動産などと呼ばれることもあった森林資産は、今後その重要性を高めていくでしょう。
そして、森林信託や森林ファンドなどのビジネスモデルの模索や森林経営管理制度の整備がすすみ、森林環境税の課税が始まる中、森林経営は国や森林所有者だけに関係があるものではなくなりつつあります。
参考文献・資料
- 国有林と私有林の割合(東北森林管理局)
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https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/torikumizyoukyou-11.pdf- 林業及び林業を中心とする地域振興策の推進に向けた包括的連携協定の締結について(西粟倉村)
https://www.smtb.jp/-/media/tb/about/corporate/release/pdf/200819.pdf