生前贈与を受けても相続放棄はできる?気になる疑問を解説!

生前贈与を受けても相続放棄はできる?気になる疑問を解説!

相続が発生したとき、相続放棄を考えることもあるでしょう。相続放棄をすれば被相続人の債務を引き継がずにすみますが、他の問題が発生することもあります。
本記事では、相続放棄と生前贈与や遺贈など他の制度の関係について、よくある疑問を解説します。相続放棄が家族信託に与える影響についても説明しますので、今後の財産管理方法を考える参考にしてください。

相続放棄と生前贈与

被相続人から生前贈与を受けている場合、相続発生時に相続放棄ができるのでしょうか?以下のような事例で考えてみましょう。

【例】
父親と長男(一人っ子)が同居。母親は既に死亡。
父親には300万円の借金あり。
父親の財産は自宅土地・建物のみ。
長男は父親が亡くなった後も自宅に住み続けたい。

相続放棄をすれば家を相続できない

上の例で、父親が亡くなったとき相続人になるのは長男のみです。長男は父親名義の自宅を相続したいでしょう。しかし、父親には借金もあるため、家を相続すれば借金も一緒に相続してしまいます。

長男が借金を相続しないためには、相続放棄をしなければなりません。しかし、相続放棄をすれば、自宅を相続できなくなるという問題があります。

このような場合、父親が生きている間に、自宅を長男に生前贈与する方法を思いつくかもしれません。生前贈与により自宅を手に入れた後、相続放棄により借金を逃れられれば、長男にとっては好都合です。生前贈与を受けた後、長男は相続放棄ができるのでしょうか?

生前贈与を受けていても相続放棄は可能

被相続人から生前贈与を受けている場合でも、相続放棄は問題なくできます。相続放棄は、相続財産を処分等した場合(法定単純承認に該当する場合)や手続き期限(相続開始を知ったときから3か月以内)を過ぎた場合以外なら基本的に認められます。

生前贈与と相続放棄の間に関係性はありません。生前贈与があっても法定単純承認に該当することもないので、相続放棄は可能です。上の例で言えば、長男は父親から自宅の生前贈与を受けた後、父親が亡くなったときには相続放棄ができます。

ただし、被相続人が負債を抱えていた場合、生前贈与をすれば債権者から詐害行為取消訴訟を起こされる可能性があることに注意しておきましょう。

債権者に詐害行為取消権を行使されるかも

民法424条第1項には、「債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる」という「詐害行為取消権」の規定があります。

上の例で、父親が借金を返さない場合、父親の債権者は自宅不動産を差押えして債権を回収することができます。もし自宅が長男のものになれば、債権者は差押えができません。このような場合、債権者は父親の生前贈与を詐害行為として取り消しできるのです。

債権者が詐害行為取消訴訟を起こせば、生前贈与はなかったことになり、長男は自宅を父親に返さなければなりません。既に相続放棄していれば、借金も引き継がない代わりに、自宅も手に入らないことになります。

相続放棄と遺贈

遺贈とは、遺言により財産を特定の人に無償で取得させることです。被相続人が亡くなって相続放棄をした後、被相続人の遺言書が出てくるケースもあります。もし相続放棄をした相続人に財産を相続させる旨遺言書に記載されていたら、その相続人は遺贈を受けることができるのでしょうか?

相続放棄をしても遺贈を受けることはできる

遺贈により財産を受け取る人を受遺者と言います。相続人であっても受遺者になれます。相続放棄をすれば相続人でなかった扱いになりますが、受遺者の立場には影響がありません。相続放棄をした後、遺贈を受けることもできるのです。

ただし、相続放棄をした人が遺贈を受ける場合、その遺贈が包括遺贈か特定遺贈かによって、結論が変わってくるので注意しておきましょう。

包括遺贈では負債も引き継いでしまう

遺贈の方法は、包括遺贈と特定遺贈の2つに分かれます。それぞれの概要は以下のとおりです。

遺贈の方法 内容 遺言の例
包括遺贈 遺産の全部又はその一定割合を与える場合 「○○に遺産の1/3を遺贈する」
特定遺贈 特定の財産(不動産、預貯金など)を与える場合 「○○に下記記載の不動産を遺贈する」

包括遺贈の受遺者(包括受遺者)は「相続人と同一の権利義務を有する」という規定が民法にあります(第990条)。つまり、包括受遺者は被相続人の債務も承継してしまいます。

包括受遺者が借金を引き継ぎたくなければ、遺贈を放棄しなければなりません。遺贈の放棄は相続放棄と同様、遺贈があったことを知ったときから3か月以内に、家庭裁判所で行う必要があります。

一方、特定遺贈で不動産などの財産の遺贈を受けた場合には、被相続人の債務を負担する必要がありません。相続放棄をした後でも、特定遺贈により財産のみを受け取ることができます。

特定遺贈も取消や無効のリスクがある

相続人が特定遺贈により財産を取得しつつ相続放棄で負債のみを免れると、債権者は債権を回収する手段がなくなってしまいます。相続人が特定遺贈を受ける行為は、詐害行為に該当する可能性があり、債権者によって取り消されてしまうリスクがあります。あるいは、特定遺贈が信義則や公序良俗に違反して無効とされる可能性もあるでしょう。

相続放棄後に遺言書が見つかった場合、遺贈を受けるべきかどうかはよく考えなければなりません。専門家に相談して対処方法を考えましょう。

相続放棄と詐害行為取消権

借金を抱えていた人が亡くなったら、相続人がその債務を引き継ぎます。しかし、相続人が相続放棄をすれば、債権者は借金を返してもらえません。相続人による相続放棄は詐害行為取消権の対象にならないのでしょうか?

相続放棄は詐害行為取消権の対象外

相続放棄については、詐害行為取消権の対象とならないという最高裁の判例があります(最高裁判所昭和49年9月20日判決)。相続放棄のような身分行為は、詐害行為取消権の対象外という理由です。

身分行為とは身分の変動をもたらす法律行為のことです。婚姻、離婚、養子縁組などのほか、相続放棄のように身分関係に付随する行為も含まれます。身分行為は財産権を目的とする法律行為と性質が違うものとして区別されるのです。

相続人が債権者を害することを知りながら相続放棄をしたとしても、債権者から詐害行為取消訴訟を起こされる心配はありません。相続放棄をすれば、被相続人の借金を負担しないですみます。

遺産分割協議における相続分の放棄は詐害行為になり得る

家庭裁判所で相続放棄の手続きをしなくても、遺産分割協議で自らの相続分を放棄するケースもあるでしょう。このような「相続分の放棄」は、詐害行為となる可能性があります。判例でも、共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、財産権を目的とする法律行為で、詐害行為取消権の対象となり得るとされています(最高裁判所平成11年6月11日判決)

被相続人が借金を残している場合、遺産分割協議で相続分を放棄しても、借金を逃れられるとは限りません。債権者が詐害行為取消権を行使するリスクも想定しておきましょう。

相続放棄と配偶者居住権

配偶者居住権とは、被相続人の配偶者が、被相続人が所有していた建物に住み続けられる権利です。民法改正により、2020年(令和2年)4月以降、被相続人の配偶者に配偶者居住権が認められるようになりました。相続放棄と配偶者居住権の関係はどうなっているのでしょうか?

相続放棄すれば配偶者居住権は取得できない

配偶者は、相続開始と同時に当然に配偶者居住権を取得できるわけではありません。配偶者居住権を取得するには、遺産分割、遺言、死因贈与、家庭裁判所の審判のいずれかによる必要があります。配偶者が相続放棄をすれば、配偶者居住権は発生しません。

相続放棄しても配偶者短期居住権はある

配偶者居住権と同時に、配偶者短期居住権と呼ばれる権利も創設されました。配偶者短期居住権とは、被相続人の配偶者が被相続人の死後6か月間、被相続人の所有していた建物に住み続けられる権利です。

被相続人の配偶者は、被相続人が亡くなると同時に、配偶者短期居住権を取得できます。配偶者短期居住権は、たとえ相続放棄しても消滅しません。配偶者は相続開始から6か月間、被相続人名義の建物に住み続けることができます。

配偶者短期居住権の注意点

配偶者短期居住権がある場合でも、配偶者は居住以外の用途で建物を使用することはできません。また、善良な管理者の注意義務をもって建物を使う必要があります。

配偶者が建物の用法遵守義務や善管注意義務に違反した場合には、建物の取得者は配偶者短期居住権消滅の申し入れの意思表示ができます。この場合、意思表示が配偶者に到達した時点で配偶者短期居住権は消滅してしまうので注意しておきましょう。

相続放棄と家族信託

家族信託は、委託者(親など)の財産を受託者(子など)に託し、受益者(委託者または第三者)が財産から生じる利益を受け取る仕組みです。相続放棄は家族信託にどのような影響を与えるのでしょうか?

相続放棄しても帰属権利者になれる

家族信託では、信託契約終了時の残余財産の帰属権利者を定め、財産を承継させることができます。帰属権利者が相続放棄をしても、帰属権利者としての地位には影響がありません。

たとえば、委託者兼受益者である親が負債を抱えていた場合、子は相続放棄すれば借金を免れます。信託財産は遺産とは切り離された財産なので、相続放棄をしても信託財産を取得できます。

相続放棄しても受益者になれる

家族信託では、受益者死亡後の次の受益者を定め、先々まで財産の承継先を決める「受益者連続信託」も設定できます。受益者連続信託で次の受益者に指定されている場合、たとえ相続放棄をしたとしても、受益者としての地位に影響はありません。

家族信託が詐害行為になることも

家族信託を設定すれば、委託者の財産から信託財産を切り離すことができます。しかし、借金逃れのために家族信託を設定(詐害信託)すれば、詐害行為取消訴訟を起こされる可能性があります。

信託法では、委託者が債権者を害することを認識しながら信託をした場合、受託者がこれを知っていたかどうかにかかわらず、債権者が受託者に対し詐害行為取消請求ができる旨規定されています(第11条第1項)。家族信託を始める場合には、借金逃れとみなされないよう注意しておきましょう。

まとめ

相続放棄をすれば、被相続人の負債を承継することがありません。ただし、相続放棄をする場合、生前贈与や遺贈を受けていれば注意が必要です。借金逃れのため生前贈与や遺贈をすると詐害行為となる可能性にも注意しておきましょう。
家族信託を利用した場合、相続放棄していても財産を取得できるケースがあります。この場合にも、取消や無効の対象とならないよう気を付けておかなければなりません。家族信託は専門家に相談しながら進めましょう。

森本 由紀

森本 由紀(行政書士、ファイナンシャルプランナー)

行政書士ゆらこ事務所代表。大学卒業後、複数の法律事務所に勤務してパラリーガルの経験を積んだ後、2012年に行政書士として独立。離婚や相続など身近に起こる問題をサポート。各種サイトでの法律記事・マネー記事の執筆や監修も担当。

『このコラムの内容は掲載日時点の情報に基づいています。最新の統計や法令等が反映されていない場合がありますのでご注意ください。個別具体的な法律や税務等に関する相談は、必ず自身の責任において各専門家に行ってください。』

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