家族信託で複数の信託契約を締結するべき事例について

家族信託で複数の信託契約を締結するべき事例について

様々な目的や願いを込めて始められる家族信託。それらが1つの信託契約で達成できるとは限りません。場合によっては複数の信託契約を締結して対応する場合もあります
本コラムでは複数の信託契約と締結するべき事例や信託の併合・分割について解説します。

複数の信託契約にするべき家族信託の事例

まずは3つの事例を見ていきましょう。

ケース1 受託者ごとに信託したい財産が異なる場合

父親X 退職金で賃貸不動産を購入したアパートオーナー
長男A 不動産業に従事しており知識に長けている
長女B 父親Xと同居している

父親Xは自宅と賃貸不動産を所有しています。長男Aは不動産の知識があるため、賃貸不動産経営などをサポートしていました。また、長女Bは父親Xと同居し、日々の金銭管理などを行っています。そこで父親Xは家族信託によって、長男Aには不動産を長女Bには日頃の生活に必要な金銭の管理を任せたいと考えました。
もちろん、1つの信託契約により不動産も現金も信託することができます。また、受益者を長男Aと長女Bの複数にすることもできますし、不動産は長男Aに現金は長女Bというように権限を分けることも可能です。ただし、受託者が複数の場合、信託口口座を開設することができません。また、信託財産である不動産と金銭における管理権限を完全に分離することは現実的ではありません。信託財産に不動産が含まれている場合、電気代や水道代といった光熱費、固定資産税、修繕費等が発生します。これらは信託財産から支払わなければ受託者の自腹となってしまうためです。

そこで以下のような信託契約を締結します。

信託契約 ①

  • 委託者:父親X
  • 受託者:長男A
  • 第2受託者:長女B
  • 受益者:父親X
  • 信託財産:賃貸不動産 金銭(不動産の維持・管理に必要な金銭)

信託契約 ②

  • 委託者:父親X
  • 受託者:長女B
  • 第2受託者:長男A
  • 受益者:父親X
  • 信託財産:金銭(父親Xの生活に必要な金銭)

受託者ごとに信託契約をわけることにより、長男Aと長女Bが互いの干渉を受けずにそれぞれの信託財産の管理・処分を行うことができます。また、それぞれの信託で第2受託者として長男A・長女Bとすることにより万が一の事態に備えることも可能となっています。

ケース2 夫婦の共有名義の不動産を信託財産とする場合

父親X・母親Y 夫婦で共有名義の自宅を所有している
息子A 父親Xと母親Yの一人息子

父親Xと母親Yは自宅を持分1/2ずつ共有しています。そして、この自宅を信託財産として、息子Aを受託者、夫婦を受益者とする家族信託を始めたいと考えていています。
そこで当初は以下のような家族信託を考えました。

  • 委託者:父親X・母親Y
  • 受託者:息子A
  • 受益者:父親X・母親Y
  • 信託財産:自宅・金銭(父親X 金500万円・母親Y 金300万円)

このような場合は委託者ごとに信託契約を締結することをお勧めします。
不動産が共有の場合、信託受益権の持分も不動産の持分と同じにしないと贈与とみなされ、贈与税がかかる可能性があります。そのため、一般的には共有不動産を信託財産とする場合には、信託受益権の持分を不動産の持分と同じにします。
ただし、他の財産(現金等)も同じ割合で信託しなければ贈与とみなされてしまいます。上記のように、夫婦共有の不動産(持分1/2ずつ)と父親Xの金銭500万円と母親Yの金銭300万円を信託し、信託受益権の持分を各1/2にした場合、夫の金銭500万のうち200万については贈与とみなされてしまいます。贈与税のことを考えると、信託財産の選択が不自由になってしまうおそれがあるのです。

そこで以下のような信託契約を締結します。

家族信託 ①

  • 委託者:父親X
  • 受託者:息子A
  • 受益者:父親X
  • 信託財産:自宅(持分1/2)金銭500万円
  • 信託の終了事由:父親Xの死亡
  • 残余財産の帰属先:母親Y(信託終了時に母親Yが亡くなっていた場合は息子A)

家族信託 ②

  • 委託者:母親Y
  • 受託者:息子A
  • 受益者:母親Y
  • 信託財産:自宅(持分1/2)金銭300万円
  • 信託の終了事由:母親Yの死亡
  • 残余財産の帰属先:父親X(信託終了時に父親Xが亡くなっていた場合は息子A)

夫婦それぞれと信託契約することにより、受益権の割合を気にせずに共有不動産以外の財産を信託財産とすることができます。

ケース3 信託財産ごとに異なる承継先を指定したい場合

父親X アパートオーナー
母親Y 数年前から認知症を患っている
長男A 父親Xと同居し、母親Yの介護も行っている
次男B 父親Xの不動産経営をサポートしている

父親Xは自宅と賃貸不動産を所有しています。自宅に関しては認知症を患っている母親Yに遺し、母親Yが亡くなった後は長男Aへと相続させる。賃貸不動産に関しては不動産経営の後継者である次男Bに直接引き継がせたいと考えています。
ただし、このような希望を1つの信託契約によって実現させるのは、自宅の資産承継が受益者連続信託(財産を数世代にわたり承継する信託)となっているため不可能です
そこで以下のような信託契約を締結します。

家族信託 ①

  • 委託者:父親X
  • 受託者:長男A
  • 受益者:父親X
  • 第2受益者:母親Y
  • 信託財産:自宅 金銭(自宅の維持管理費及び母親Yの生活を支える金銭)
  • 信託の終了事由:父親X及び母親Yの死亡

家族信託 ②

  • 委託者:父親X
  • 受託者:次男B
  • 受益者:父親X
  • 信託財産:賃貸不動産
  • 信託の終了事項:父親Xの死亡
  • 残余財産の帰属権利者:次男B

信託財産ごとに信託契約をわけることにより父親Xが希望する資産承継をすべて実現することができます。

信託契約を複数締結するデメリット

このように信託を複数にすることにより様々なケースに対応ができます。
ただし、信託契約を複数に締結することによって起こるデメリットには注意が必要です。

家族信託を開始する費用が増える
まず、単純に複数の信託契約を締結するため費用が増える可能性があります。例えば、信託契約を公正証書で作成する場合には、信託契約分の手数料がかかります。そのため、2つの信託契約を締結する場合には2通分の手数料がかかることになります。
また、信託契約書の原案は弁護士や司法書士などの法律専門職に作成を依頼することが一般的です。信託契約が増えれば、コンサルティング報酬も増える可能性があります。他にも信託口口座を2口以上開設するといった場合にも金融機関への手数料がかかることがあります。
不動産収益の損益通算の禁止
2つ目は税務面の注意点として、別個に信託契約を結んだ不動産同士ではその収益を損益通算することはできないというものがあります。 例えば、委託者である父がアパートAとアパートBを所有していたとします。ある年に、アパートAは500万円の利益を生み、アパートBは300万の赤字だった場合、通常は損益通算をして200万円の所得として、税務申告をすることができます。
しかし、アパートAは長男、アパートBは次男を受託者とする信託契約をそれぞれ別個に締結していた場合は損益通算することができません(信託財産となった不動産は、当該信託外の不動産との間でその所得を損益通算することはできません。信託内の不動産の所得が赤字だった場合、税務上はその損失はなかったものとされます)。アパートBの300万円の赤字はなかったものとされ、アパートAは500万円の所得として税務申告する必要があります。結果として税金が増えてしまうことがあるのです。なお、アパートAとアパートBが一つの信託契約で信託財産となっている場合は損益通算が可能です。

信託の併合と分割

さて、家族信託では複数の信託を1つの信託にまとめたり、反対に1つの信託を複数に分けたりすることができます。
ここからは信託の併合や分割について見てまいりましょう。

信託の併合

受託者が同一である複数の信託を1つにすることを信託の併合といいます
例えば、ケース1の信託 ①において長男Aが受託者を続けることができなくなった場合には第2受託者である長女Bが受託者となり、信託 ②と受託者が同一となるので信託の併合を行うことができます。
また、信託の併合におけるメリットの一つに、不動産所得の損益通算の問題を考慮する必要がなくなることが挙げられます。

信託の分割

反対に1つの信託契約で家族信託を開始したものの事情の変化により、複数の信託契約とすべき場合もあると考えられます。その時は信託を分割することも可能です。

信託の併合・分割の行い方

信託の併合や分割は原則的には委託者・受託者・受益者の合意により行いますが、以下の場合には簡易的に行うこともできます。

変更内容 変更方法 信託法 条文番号
信託目的に反しないことが明らかである 受託者及び受益者の合意 第151条2項1号
信託の目的に反しないこと及び
受益者の利益に適合することが明らかである
受託者の書面又は電磁的記録によってする意思表示 同条2項2号

また、信託契約にて別の定めをすることもできます。
なお、これらには債権者保護手続き(官報への公告等)が必要となります。そのため、ハードルが高くあまり行われていないというのが現状です。ただし、債権者を害するおそれがないことが明らかな場合は債権者保護手続きが不要となります。
他にも併合や分割した信託の信託財産の中に不動産が含まれる場合は、その旨の登記を行う必要があります。

まとめ

以上が複数の信託契約を締結すべき事例についての説明でした。家族信託を紹介する書籍やホームページでは、わかりやすく家族信託を説明するため、「認知症による資産承継対策」や「共有不動産対策」など1つの目的のみに対応する比較的シンプルな事例が紹介されます。しかし、実際は信託する目的や財産の種類が複数あるなど複雑な信託設計になることも珍しくはありません。場合によっては信託契約を複数にすることにより、家族信託における問題点を解消する、家族信託で実現したい希望を叶えることが可能となりますので、一考の価値は十分にあるといえるでしょう。

家族信託の相談窓口

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『このコラムの内容は掲載日時点の情報に基づいています。最新の統計や法令等が反映されていない場合がありますのでご注意ください。個別具体的な法律や税務等に関する相談は、必ず自身の責任において各専門家に行ってください。』

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