2022年8月29日
MCI(軽度認知症)の最新の検査や治療、予防法について医師が解説!
高齢化が進む日本社会で、認知症はとても身近なものになりました。ところでMCIという言葉ご存じでしょうか?ニュースの記事や、これまでにテレビドラマでもテーマになったことがあるので、なんとなく知っている、という方も多いかと思います。
この記事では認知症の前段階である「MCI」とその「発症前期」についての解説、その予防法や最新の治療についてご紹介します!
MCIとは?発症前期の状態も含めて解説!
近年アルツハイマー型認知症における根本治療薬の開発の視点から「発症前期(preclinical)」、「軽度認知症(MCI)」、「認知症」の順に3ステージに分けるようになりました。まずは「MCI」の概要や症状、検査方法までを「発症前期」を含めて解説します。
「MCI」、「発症前期」とは?
「MCI(mild cognitive impairment)」とは軽度認知症のことであり、軽いもの忘れはあるものの、日常生活は問題なく送ることができる状態のことです。必ずしも異常によって起こるわけではなく、正常な加齢の変化でもみられます。病院で行う認知症のクイズ形式の検査で、ギリギリ合格点といったところです。また、合格点であった場合でも日常生活に支障があれば、認知症を疑います。
「発症前期」とは知的には物忘れなどはないものの脳の形や神経細胞に変化が起こり始めている段階のことです。
厚生労働省発表(2015年)によると、日本の高齢者総数は約2,874万人であり、そのうちMCI患者は13%、明らかな認知症は15%と言われています(※1)。
それぞれの段階で身体に起こる変化について
● MCIの症状
MCIでは、年齢相応よりも、もの忘れと認知機能(※視空間認知機能、注意機能、遂行機能、言語機能)の低下がみられます(※1)。
もの忘れの有無で健忘型(もの忘れ型)、非健忘型と分けられますが、認知症のタイプによって症状のMCIの症状は異なります。認知症の中でも一番頻度の高いアルツハイマー型認知症におけるMCIは健忘型で、ここではアルツハイマー型認知症のMCIと発症前期について説明します。
※ 視空間認知機能
目に映るものを正しく認識できる機能。障害されると見えているはずの景色を認識できなかったり距離感を掴めなかったりする。
※ 注意機能
触覚や聴覚などの刺激に意識が向くこと。
※ 遂行機能
物事を順序だてて考え、行動すること。障害されると買い物や炊事などのやや複雑な日常動作が難しくなる。
※言語機能
聴く、話す、読む、書くなど。
アルツハイマー型認知症のMCIの症状は、例えば重要な約束を忘れてしまったり、これまでにいくつもの原稿や書類を書き上げてきた人が1つの報告書も完成できなくなったり、初めての場所への旅行が難しくなったりなどの複雑な作業をやり遂げることが難しくなります。しかし、買い物や家計の管理には特に問題ない状態とされています(※2)。
この中でもアルツハイマー型認知症に移行しやすいのは、健忘型で今朝の記憶を忘れてしまう、数分前の会話のキーワードを忘れやすくなる、複雑な作業をやり遂げることができないなどの症状が出ていること、または脳の検査画像の変化(次項を参照)がある状態なので注意が必要です(※2)。
● 発症前期の症状
アルツハイマー型認知症の発症前期には、症状はありません。しかし、アルツハイマー型認知症の原因となるたんぱく質のAβ(アミロイドベータ)という物質はアルツハイマー型認知症の発症の20年くらい前から脳に蓄積され始めます。その後、リン酸化タウというたんぱく質も増えると徐々に脳の神経細胞に変化が起きます。これは正常の老化でも起こりうる現象でもありますが、これらの変化の度合いが大きい場合にMCIへ移行します(※3)。
前段階を見極めるための検査
MCIからアルツハイマー型認知症へ移行しやすい状態を調べる方法に、MRIや脳血流SPECTがあります。MRIでは脳が縮んでいないかどうかを評価できます。
お肌だとイメージはつきやすいと思いますが、若い脳は若い肌と同じようにふっくら、プリプリとした見た目です。50歳代くらいまでは、ほとんどどの人もMRIでの脳の見た目はプリプリとしています。若くから高血圧や糖尿病などの生活習慣病を持っている人や、タバコを吸って動脈硬化が進んでいる人は50歳代くらいから脳の見た目の変化が起きやすいです。
発症前期やMCIだと、Aβやタウ蛋白のせいで脳の神経細胞が傷んで、老人斑(お肌でいうシミ)ができて、やがて細胞が壊れた結果、脳はみずみずしさを失って縮んでしまいます。
また、他に脳血流SPECTという、血流を見る検査を行います。脳の異常な部分の血流は下がります。
検査の用語が少し難しいため、私はよく外来で脳を携帯電話に例えます。
MRIは携帯電話をスキャンして部品や回路の変形がないかを確認する検査で、脳血流SPECTは正常に見える携帯電話に実際ちゃんと電流(脳でいうところの血流)が通るか、電話機能や他のアプリケーションが作動するかどうかを見る検査だと説明すると、イメージはつきやすいようです。
脳に変形や血流が落ちている状態がある場合は異常な変化と言えます。
また、日常生活に支障のないもの忘れでも、MRIや脳血流SPECTで異常があればこれからアルツハイマー型認知症に移行する可能性がかなり高いと判断できます。
また、実用化はされていませんが、これらよりも早期に脳の変化を見つける方法はあります。
発症前期からすでに脳にはAβやタウなどの異常なたんぱく質がたまりはじめます。
Aβはごく一部の研究機関のみ研究の一環で脳脊髄液の特殊な検査で評価ができますが、一般の病院ではできません。認知症評価のためのタウ蛋白の測定については現時点では開発中です。
そのほかにも、アミロイドPETやタウPETという特殊な画像の検査でMCIに関連するたんぱく質の蓄積の評価できますが2022年時点では自費での検査になっています。
認知症発症前の状態を見つけ出す検査は、このようにまだまだ課題の残る状態ですが、希望もあります。
2022年最新の医療情報では、血液検査でAβを測定する検査の実用化は近いと言われています。
さらに、一部の大学病院ではコンピューターを活用し3分程度でMCIを判別する方法も開発中です。これらと開発中の血液検査との組み合わせでより早く正確で安価なスクリーニングができることが期待されています(※1)。
MCIは防げる?治療法や予防法について
確かにMCIは認知症の前段階ではありますが、全てのMCIの方がその後に認知症を発症するわけではありません。MCIの状態であってもおよそ2~3割は認知症に進行せずに回復すると言われています(※1)。そのため、発症前期からMCIへ、MCIから本格的な認知症への移行を予防することが大切です。
治療薬やワクチンについて
残念ながら、現在MCIの治療薬はありません。2021年夏にアメリカでの承認で話題になった「アデュカヌマブ」というアルツハイマー型認知症のワクチンがありますが、さまざまな見解(「発症前期の初期に増えるAβを減少させる」とはいうものの「認知機能の悪化を抑制するとは言っていない」、同時に行った2つの臨床試験で片方しか有効性を示せていない、など)があります。また、副作用に脳浮腫や脳の微小出血なども挙げられています(※3)。
このため2021年冬の時点で欧州連合(EU)では「投与のメリットがリスクを上回っていない」などと販売承認には到らず、日本国内の認可もされていません。また、非常に高価な薬剤である点(発売時点では一年に約600万円の薬価)であることも注意点と言えます。
他にも現在、Aβやタウに対するワクチンは複数開発中なので今後のMCIの治療についての期待はあります。
自宅でできる認知症予防その① 食事を工夫しよう
発症前期からMCI、MCIからアルツハイマー型認知症への移行を予防することは、生活習慣病対策が基本原則と言われています(※3)。
日常生活では、脳細胞をガードするために、細胞を傷つける活性酸素という物質を減らす食品を日々の食事に取り入れるのも良いでしょう(※4)。
● たんぱく質
たんぱく質だと必須アミノ酸の摂取が大切です。必須アミノ酸とは人の体内では作れないたんぱく質の材料で9種類あります。これらすべてを備えている食品は卵、牛乳、牛、豚、鶏肉、鮭などがあります。
また、主食であるコメに不足しているリシンという必須アミノ酸は大豆製品に多く含まれています。実はごはんと味噌汁の献立は理にかなった組み合わせなのです。1週間単位で肉、魚、大豆食品や卵、乳製品を幅広く摂取するのが良いでしょう(※4)。
● 脂質
脂質だと、多価不飽和脂肪酸であるω3系脂肪酸(α-リノレン酸やEPA、DHAなど)とω6系脂肪酸(リノール酸など)の摂取の比率が1対2から1対3くらいが脳を含めた健康にも良いと言われています。EPAやDHAはほぼ魚類からしか摂取できません。また、魚の摂取が少ない人は、グリーンナッツオイルなどのα-リノレン酸の一部が、EPAやDHAに変換されます。なお、グリーンナッツオイルは過熱のよって酸化などにより味が落ちてしまいますので、ドレッシングやパンにつけるなど熱を加えない形での摂取をおすすめします(※4)。
多価不飽和脂肪酸 | 名称 | 食品 |
---|---|---|
ω3系脂肪酸 | α-リノレン酸 | えごま油、アマニ油、グリーンナッツオイル |
イコサペンタエン酸(EPA) | 青魚の魚油(いわし、さば、あじなど) | |
ドコサヘキサエン酸(DHA) | 青魚の魚油(いわし、さば、あじなど) | |
ω6系脂肪酸 | リノール酸 | サフラワー油、綿実油、コーン油、大豆油 |
アラキドン酸 | 動物内臓脂肪(脳、肝臓、腎臓、肺、脾臓)、卵 |
表1:多価不飽和脂肪酸と食品の例
● ビタミン・ミネラル
ビタミンやミネラルの補給のために野菜や果物の摂取も大切です。果物は果糖を多く含むため夜間の摂取は肥満につながるおそれがあるため、お昼までの摂取をおすすめします。野菜は1日350gの摂取が推奨されています(※4)。
また、最近話題の食品はカマンベールチーズです。2021年に認知症予防学会が、カマンベールチーズに含まれるβラクトリンという成分の、発症前期からMCIへの移行の予防効果を認定しています(※4)。
自宅でできる認知症予防その② いろいろな運動を組み合わせよう!
高齢者の認知機能改善関連の運動には有酸素運動、レジスタンス運動(主に筋トレなど)、協調運動、バランス運動、柔軟運動があります。身体運動にかかわるのは有酸素運動とレジスタンス運動で、神経筋に関わるのは協調運動、バランス運動、柔軟運動になります(※5)。
有酸素運動は前頭葉機能が高まると言われています。ウォーキングや縄跳び、サイクリングなど心拍数の上がる運動です(※5)。
また、レジスタンス運動は無酸素運動ですが、筋肉が使われることで放出されるミオキンなどの物質の一部が抗炎症作用を持つため認知症の予防にもつながります。
これらの強度の比較的高い運動は脳血流の増加をきたし、直接的に認知機能に働きかけます。
協調運動はしなやかさやバランスなど複数の要素を組み合わせたもので、鞠(ボール)つきなどの運動です。バランス運動は筋力、耐久力、柔軟性などの要素を組み合わせたものでバランスボールを使った運動などです。柔軟運動は体の曲げ伸ばしの運動で、ラジオ体操やテレビ体操などです。
どのようなタイプの運動がMCIの人々の総合的な認知機能に有効か検討した研究の結果では、その運動も効果的とされていましたが、最も効果的なのはレジスタンス運動でした。
さらに、2018年に報告されたPhysical Activity Guidelinesでは高齢者では有酸素運動とレジスタンス運動に加えてバランストレーニングもすべきだとされています(※6)。
若いころからの運動習慣がないからと悩む必要はありません。これまで運動が少なかった人ほど、たとえわずかでも身体運動をすることで最大の効果が得られると言われています。
さらに、これらの運動と認知トレーニング(計算やしりとりなど)、オーディオブック(聞く読書)などを同時に行う「デュアルタスク」の有効性についてもリハビリテーション分野で検討されているので、今後の認知症予防における活躍が期待されています。
まとめ
いかがでしょうか。
MCIと発症前期についての専門的なお話から始まり、食事や運動などの身近な部分でのMCI予防について説明しました。
高齢社会ではMCIは日常的な話題となるので、まずはよく知り、そして予防から始められると良いですね。
<参考文献>
※1 阿部康二:認知症予防のエビデンス.脳神経内科,94(6)818-824,2021
※2 水上勝義:軽度認知障害(MCI)症例にはどう対応すべきか?精神経誌(2009)111巻1号
※3 第5回神経治療研修会(2022年4月)より
※4 福島正子ら.:認知症予防としても食事改善.脳神経内科,94(6):825-831,2021
※5 朝田隆ら.:認知症予防を目指した運動の仕方.脳神経内科,94(6):842-847,2021
※6 Piercy KL et al. The Physical Activity Guidelines for Americans.JAMA 2018;320:2020-8