2021年5月13日
家族信託の契約書を必ず「公正証書」にするべき理由とは
委託者とその家族のため長期に渡って財産管理を続ける「家族信託」は、非常に重要性の高い契約です。契約終了までの間に利害関係者の気が変わり、結果として信託目的が果たされない可能性を意識しておかなければなりません。
上記のことを念頭におけば、家族信託を組成した時は必ず「公正証書」で契約内容を定めておくべきです。以下では、家族信託契約書を公正証書にする目的・効果について解説します。
公正証書とは
そもそも「公正証書」とは、法務大臣に任命された公証人が、事務依頼者から聞き取った内容を文書化したものを指します。実際に文書化される内容は、大きく権利関係や合意事項、そして事実です。
なお、作成された公正証書は「公文書」と認識されるようになります。
そのため、証書の原本は「公証役場」(=公証人等がその事務を執り行う機関)で厳重に保管され、当事者の手元に写しがない場合でも、最寄りの公証役場で内容が確認できるようになります。
公正証書の効力
公正証書特有の性質は、作成名義人の意志に基づいて作成されたものとみなす力が強く働くことです。この特性から、内容の正しさに関する「証明力」が備わり、偽造等を疑われても相手の主張を退けられます。
さらに、金銭の支払いに関する合意を公正証書で交わしたケースでは、債務の履行(=約束通り支払うこと)を訴訟なしで強制させる力も働きます。
ところで、一般に契約書と言えば、当事者が自分たちで作成した署名捺印した文書をイメージするでしょう。このような「私署文書」と呼ばれる形式のものには、公正証書のような効力は備わりません。
例えば、偽造等を疑われた場合、地道に補足資料を提示して「内容がなぜ正しいと言えるのか」を証明する必要があります。また、金銭の支払いに関する約束が破られた場合も、裁判所から「債務名義」を得るまで、財産の差押え等の手続きには移れません。
家族信託の契約を公正証書にすべき4つの理由
それでは、家族信託の契約を公正証書化しなければならない理由とは何でしょうか。
結論として、以下4点が挙げられます。
- 契約内容に関する認識をすり合わせるため
- 信託財産の管理で必要になるため
- 不動産の「信託登記」で必要になるため
- 相続トラブル等を回避するため
理由1.契約内容に関する認識をすり合わせるため
家族信託の契約内容は、委託者のイメージするプランに対応して複雑化しがちです。また、いったん設定すると、高額資産に関する「全面的な管理処分権」を長期間委譲することになります。
こういった性質上、後になって当事者の「契約内容に関する誤解」が判明するようなことは、当然できるだけ避けなければなりません。
その点、公正証書を作成する時は、公証人が当事者の面前で内容を読み上げてくれます。読み上げの手順があることで、委託者と受託者の間で「いつまで財産管理を続けるのか」「当事者が亡くなった時はどうするのか」など、家族信託の契約に関する認識をしっかりとすり合わせられます。
理由2.信託財産の管理(口座開設や融資)で必要となるため
家族信託で預貯金を受託する人は、信託財産とそうでないものを区別できるよう「信託口口座」を作って残高を移動させなければなりません。また、信託中に「空き家を別の物件に買い替えたい」などの理由で融資が必要になることもあるでしょう。
以上の手続きを受託者が行おうとする時は、金融機関から家族信託に関する証明書が求められます。提示する証明書の形式は、基本的に公正証書でなくてはなりません。
理由3.不動産の信託登記で必要になるため
家族信託での管理財産に不動産を含めようとする時は、契約内容の組成後に「信託登記」が必要です。信託登記することで、不動産の受託者の名前が公示され、委託者がいなくても受託者単独で取引等に臨めるようになるのです。
この信託登記の際は、あらかじめ作っておいた家族信託の公正証書が役立ちます。登記簿で公示される信託目録(当事者の情報・信託目的・信託財産の管理方法等)の一部を公正証書から引用でき、申請の手間が省け、登記簿自体の見た目もすっきりさせられます。
理由4.相続トラブル等を回避するため
家族信託でどうしても避けたいのは、利害関係者とのトラブルです。例として、以下のようなものが挙げられます。
- 受託者の気持ちが途中で変わり、財産管理を放棄してしまう。
- 委託者の死後、信託財産から利益を得られない相続人が不満を爆発させ、訴訟等の手段で自分の遺産の取り分を主張してくる。
以上のような問題がいったん起きると、家族信託契約の有効性が争点になります。もし合意内容を確認できるものが私署文書しかないとなると、偽造・変造・改ざんなどが疑われて不利になってしまうでしょう。こういったリスクに備えるため、契約時に「内容の真正」と「義務履行に関する強制力」が保証される公正証書としておく必要があるのです。
自己信託では原則として公正証書作成が必須
家族信託の中には、委託者=受託者として契約し、自己の財産を受益者のために管理する「自己信託」と呼ばれる形式があります。よく活用される例として、浪費癖や認知症のある家族のために財産を管理したいケースや、受益権が差し押さえられて不動産が競売にかけられないよう対策するケースが挙げられます。
ここで紹介する「自己信託」に限って言えば、公正証書等の作成がなければ効果は生じません(信託法 第3条3項・第4条3項各号)。
家族信託公正証書の作成方法
家族信託公正証書は、最寄りの「公証役場」で所定の費用を納めて作成してもらう必要があります。大まかな作成の流れは以下の通りです。
- Step1.家族信託の組成
…法律の専門職(司法書士等)にコンサルタントしてもらい、イメージに沿った契約内容を構築します。 - Step2.公正証書作成の申込
…委託者(財産を管理させる人)と受託者(財産を管理する人)が公証役場へ向かい、公証人に信託目的や当事者の情報を伝えます。この時、 - Step3.公証人による文面作成
…当事者から伝えられた内容を元に、公正証書の文面が作成されます。完成後、再び委託者・受託者・公証人の3者が集まります。 - Step4.公証人による文面読み上げ
…公証人が契約内容を読み上げ、受託者と委託者が揃ってその内容を確認します。最も重要なステップであるため、欠席は基本的に不可能です。 - Step5.正本・謄本の交付
…公証人が読み上げた内容に認識と異なる点がなければ、家族信託が開始されます。当事者には、今後の手続きで必要となる公正証書の正本と謄本が交付されます。 - Step6.信託の開始
…信託口口座の開設手続きや、不動産の信託登記に着手します。この時、Step5で交付された公正証書の写しが必要です。
なお、家族信託の実務では、契約の効果を補うため「遺言」や「任意後見制度」を併用するケースがあります。その場合、上記の作成手続きとは別に「遺言公正証書」や「任意後見契約公正証書」も作成しなければなりません。
作成費用の目安
家族信託公正証書の作成費用は3万円~10万円が目安とされていますが、信託する財産の額や契約内容によりケースバイケースです。
費用の構成は、公証人による文面作成(=公証事務)の手数料を基本とし、正本・謄本の交付等にかかる手数料、裁判手続き上の効力を持たせるための「確定日付」や「執行文」の付与などにかかる手数料などに分類されます。
公証事務にかかる手数料 | 目的の価額(=信託財産の額)による |
---|---|
正本・謄本の交付等にかかる手数料 | 交付手数料:250円/1通 送達手数料:1,400円 |
確定日付の付与 | 700円 |
執行文の付与 | 通常1,700円 |
なお、公証事務に係る手数料については、2021年2月現在下記のように定められています。
目的の価額(信託財産の価額) | 公証事務にかかる手数料 |
---|---|
100万円以下 | 5000円 |
100万円超~200万円以下 | 7,000円 |
200万円超~500万円以下 | 11,000円 |
500万円超~1,000万円以下 | 17,000円 |
1,000万円超~3,000万円以下 | 23,000円 |
3,000万円超~5,000万円以下 | 29,000円 |
5,000万円超~1億円以下 | 43.000円 |
1億円超~3億円以下 | 43.000円+超過額5000万円ごとに13,000円 |
3億円超~10億円以下 | 95,000円+超過額5000万円ごとに11,000円 |
10億円超~ | 24万9,000円+超過額5000万円ごとに8,000円 |
公正証書作成時の必要書類
最後に、家族信託で公正証書を作成する際は、持ち物として下記4点が原則必要です。
なお、個別の契約事例で持ち込むべき書類は、信託財産の内訳や契約内容などによって異なります。実際に契約締結する際は、信託組成をコンサルティングしてくれた士業に指示してもらいましょう。
- 当事者の本人確認書類
… 運転免許証、マイナンバーカード、パスポートなど(有効期限内のもの) - 当事者の実印+印鑑証明書
… 印鑑証明書は発行から3か月以内のもの - 当事者の戸籍謄本
… 遺言公正証書を作成する際は持ち込み要 - 信託財産の内訳が分かるもの
… 不動産が含まれる場合、登記事項証明書+固定資産評価証明書
まとめ
家族信託を契約する際は、証明力と法的拘束力に優れた「公正証書」を作成します。トラブルを防止するのに役立つばかりではなく、信託口口座の開設・信託登記の申請など、受託のための手配に必要となるからです。
近年の不動産業界では、オーナーの要望に応えて家族信託を提案する動きが活発化しています。同時に、担当者の知識不足から士業への連携がなされず、テンプレートを使い回す等の間違った方法で契約締結まで案内してしまうケースが少なからず見受けられます。
不動産会社に相談する際は、家族信託の知識や事例に長けており、かつ司法書士等の士業連携をして対応できる業者を選ぶことが大切です。